女王の時代 書評|稲垣 信子(豊川堂 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年12月1日 / 新聞掲載日:2018年11月30日(第3267号)

危機の時代の共感
転換期を生きるために

女王の時代
著 者:稲垣 信子
出版社:豊川堂
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女王の時代(稲垣 信子)豊川堂
女王の時代
稲垣 信子
豊川堂
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本書を書くきっかけは著者が神田古本屋街で野上豊一郎著の2冊の本、昭和16(1941)年刊行『クレオパトラ』(丸岡出版社)と同22年刊行『シェバの女王』(東京出版株式会社)を、見つけたことに始まる。「「能」「狂言」に関する豊一郎の本の中で、ひときわ古めかしい二冊の本をみつけた。両方とも薄いセロファンに包みこまれ、持主が大切にとり扱ってきた事が忍ばれた。(「はしがき」)」という目線から、2冊が旧持主だけでなくいかに著者にとっても大切であるかが分かる。『クレオパトラ』には、紀元前15〜13世紀の2人の王イクッナトン(イクナートン)とラメセス(ラムセス)2世、1人の女王ハトシェプスト、紀元前30年に亡くなった女王クレオパトラが描かれている。『シェバの女王』は、紀元前10世紀のシェバ(シバ)の女王とソロモン王、紀元前後の十二使徒が主役だ。豊一郎が的確に歴史を掘り下げ、著者が丁寧にそれを紹介する文章から、歴史小説を読むように、陰謀が渦巻く激動の時代の変遷を追うだけでも読み応えがある。

野上豊一郎は野上弥生子の夫であり、英米文学者や能楽研究家として知られ、法政大学の総長も務めている。著者は上中下3冊の大著『「野上彌生子日記」を読む』(明治書院)を著し、彼に関しても、『野上豊一郎の文学―漱石の一番弟子として』(同)という著作があり、野上夫妻を強く敬愛していることが伺われる。彼の描写を引用した後の「私の単純な写真説明と比較してほしい。豊一郎がこの殿堂の姿に如何に感動したかがよく分かるであろう。(「第一章 王イクッナトン―人類最初の個人」)」など、賞賛する文章が随所に書かれているのも敬愛の現れといえる。

豊一郎は歴史から何を掴もうとしていたのか、という関心が本著を書く重要な動機だろう。例えば彼は、『クレオパトラ』の表題ともなった、「女王クレオパトラ―知能と策謀の婦人」では、エジプトとローマの光芒を詳細に追うのと共に、クレオパトラやケーサル(カエサル)、アントニウスなどの愛憎が交差する運命を生きた人物たちを、歴史から引き出そうとする。そして、著者もその運命を探る筆の動きを、まるで自ら書いているかのように辿っていく。特にクレオパトラに関しては、「豊一郎は、クレオパトラ以外にも、男性を魅了して力を衰えさせた女性の例をあげ、クレオパトラばかりを非難するには当たらない」と、「〝妖婦的〟〝淫婦的〟な女性」とされてきた当時の既存のイメージにとらわれることなく書かれている。状況に流されるのではなく、自らが考えた人物そのものを歴史から引き出し書こうと努めているのだ。

「クレオパトラ」の発刊されたのは、太平洋戦争の勃発する三日前、豊一郎がひしひしと戦争の危機を感じて出版を急がせた気持が伝わってくる。(「「クレオパトラ」野上豊一郎著を読む」)」という記述からも分かるように、書かれたのは言論統制の時代である。そんな時代の狂気に巻き込まれず理性を保つため、既存の考え方に捉われず古代に生きた人々に問うように、2冊の本が書かれたと考えられる。古代エジプトとイスラエル、第2次世界大戦前夜、そして現在と、3つの時間に共通するのは、大きな危機にさらされた転換期ということだ。そして、この危機の時代をいかにして生きるかという豊一郎の態度に、著者は共感し指針にもしていると思えてならない。
この記事の中でご紹介した本
女王の時代/豊川堂
女王の時代
著 者:稲垣 信子
出版社:豊川堂
以下のオンライン書店でご購入できます
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