赤の歴史文化図鑑 書評|ミシェル パストゥロー(原書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年12月1日 / 新聞掲載日:2018年11月30日(第3267号)

赤とは人間の存在理由の証
色彩のなかに立ち上がる赤の歩み

赤の歴史文化図鑑
著 者:ミシェル パストゥロー
出版社:原書房
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赤という色は、血であり、火であり、革命であり、停止の命令である。つまりは命であり、生成の秘儀であり、社会の運動性そのものであり、厳重な規則である。眼のとらえる光の波長は、赤色部をもって可視光線の長波の限界を迎え、1μ㎜から1㎜の不可視領域、赤外線の世界に突入する。赤は見える世界の縁なのである。

人間が自然界から抽出した最初の色は赤であるにちがいない。最初はまさしく血を塗る行為があっただろうが、やがて酸化した大地(酸化鉄、ラテライト)、水銀(硫化水銀、辰砂)、植物(ベニバナ、アカネ)を見出すことだろう。朱、丹、緋などから無限のグラデーションを生みだす赤の世界は、そのまま人間の対峙する世界の深みを開示し、そこに働きかけ変成させようとする人間のいとなみを象徴することになる。赤とは、人間の存在理由の証なのだ。人が否応なく赤の力に引きよせられるのは、この根源的な充実の故であろう。

本書は、ミシェル・パストゥローによる一連の色彩をめぐる著作の一画をなす。色の歴史シリーズとしては、青、黒、緑に続く第4冊にあたり、これに黄色が加わるはずである(『青』には筑摩書房に既訳がある)。ここで5つの色彩が数えあげられるのは、光による三原色の赤・緑・青と、顔料による三原色の青・赤・黄があるからで、それに無彩色で明度に対応する黒が加えられる。光の三原色は、混合すればするほど明るくなり、最後は白になる(加法混合)。いわゆるRGBがそれである。それに対して顔料の三原色は、混合するほどに明度を下げて、最後は黒になる(減法混合)。CMYKがそれにあたる。したがって、この5色を数えあげることで人間の可視範囲の色すべてを表現できることになるのだが、両者の混色法に共通する赤と青は、人間のもつ色彩感覚の原点であって対立する極北である(聖母マリアの衣は青である)。しかし青が空と海の色であるのなら、赤は血と火の色であって、万物の変化の秘密はこの色にこそある。本書は赤の歴史を時代順に追いながら、原初の色、象徴の色、異議申し立ての色、危機の色と流れを示す。歴史家としての著者にとって、色は知覚の対象ではなく社会的な事実なのだ。シリーズの表題としてかかげられた色の名前は、物質の反射する光の効果ではなく、その時代のなかで「社会が生みだした」意味の体系に与えられた名前なのである。

本書に収められた120点を超す図版は、スウェーデンの古代壁画からマーク・ロスコのタブローに広がる広大なものであるが、一貫して人為的な画像であり、自然の産み落とした光景ではない。「権力の赤」なり「赤毛の男ユダ」なりの項目が立てられてはいても、これは個別的な色を語る博物誌ではなく、さまざまな色彩のなかに立ち上がる赤の歩みの記述であり、やがて黄をめぐる巻が成れば、総体として各巻は絡みあい、西欧世界に限定されてはいるものの、巨大な歴史を語るための礎石となるだろう。

すでにパストゥローには、色彩全般についての『色をめぐる対話』(柊風舎)があり、『われわれの記憶の色』(未訳)がある。色の研究は「超資料的」であると著者は書くが、だからこそ本書は、この困難な道への最良の案内人となるものだ。彼には動物象徴や紋章をめぐる多くの著作があり、邦訳も多々あるが、それらを深く知るについても本書ほど魅惑的な導きの糸はないだろう。まずは手はじめに、赤に耽溺しよう。
この記事の中でご紹介した本
赤の歴史文化図鑑/原書房
赤の歴史文化図鑑
著 者:ミシェル パストゥロー
出版社:原書房
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