植民地遊廓 日本の軍隊と朝鮮半島 書評|金 富子(吉川弘文館)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年12月1日 / 新聞掲載日:2018年11月30日(第3267号)

帝国日本の朝鮮植民地遊廓
性管理政策の原動力となった朝鮮駐屯の日本軍

植民地遊廓 日本の軍隊と朝鮮半島
著 者:金 富子、金 栄
出版社:吉川弘文館
このエントリーをはてなブックマークに追加
本書は、日本植民地時代の遊廓について「第1部 朝鮮南部―「京城」、馬山、鎮海―」(金富子氏執筆)、「第2部 朝鮮北部―羅南、会寧、咸興、慶興―」(金栄氏執筆)で構成。帝国日本は、近代当初から「脱亜入欧」路線で、朝鮮や中国への侵略・植民地支配を図り、まず台湾を植民地化(1895年)し、朝鮮に対して内政干渉を繰返し、1905年には「桂・タフト協定」で米国と取引、事実上、支配下においた(「保護国化」)。10年には「韓国強制占領」(韓国併合)を強行した。

日本式性買売が持ち込まれたのは1876年の朝鮮開港以降の日本人の朝鮮移住と居留地形成に伴う「居留地遊廓」。日清・日露戦争による朝鮮の日本軍占領を背景に「占領地遊廓」。「併合」後は、16年「貸座敷娼妓取締規則」を制定し「植民地遊廓」として再編・普及。特に注目されるのは帝国日本が朝鮮で行った性管理政策の原動力が朝鮮駐屯の日本軍であったこと。北部が中国ソ連と国境を接しているがゆえに軍事的色彩が濃いこと、南部は大都市「京城」(現ソウル)を抱え軍事面だけでなく政治経済的な特徴が強く、南北で異なる特徴が遊廓の在り方にも反映する。

第1部は、南部の植民都市の形成・展開について、京城師団が置かれた京城・龍山、商業都市の馬山、海軍都市の鎮海を対象とし、第2部では北部の植民地軍都と遊廓の関係について咸鏡道を対象とする。京城は朝鮮随一の都市で、日本軍人や植民者が多く居住、日本人の手による遊廓も多数設置。04年韓国駐箚軍が京城に常駐、その主力が韓国駐箚軍守備隊、同憲兵隊で、遊廓の設置に関与し、憲兵隊は性政策に介入。新町遊廓が設置される。日露開戦で激増した日本軍人らを対象に京城居留民会が財源確保を目的に設置運動を行い、京城領事館が許可。

右のような居留民会主導の遊廓設置方式は各地の遊廓創設へと大きく道を開く。08年韓国駐箚軍司令部は、龍山の新基地に移転、軍都龍山の誕生である。それに伴い桃山遊廓が設置(のち弥生町遊廓と改名)。この他貧困に喘ぐ朝鮮女性を娼妓とし、日本人業者の出資で東新地遊廓、弥生町遊廓の近くに朝鮮人娼妓のいる大島町遊廓がつくられる。京城の朝鮮人女性の「集娼化」が本格的に展開する。朝鮮女性を含む娼妓たちは劣悪な環境、過酷な収奪、虐待に晒された。馬山は開港前から日本とロシアが海軍根拠地として狙い、開港前年の98年馬山浦の土地購入に乗り出す。鎮海は日本海軍により軍港都市として造成され海軍根拠地になる。住民は圧倒的に日本人が多かった。鎮海の遊廓では29年段階で、業者は全て日本人、買春客の9割が日本人、業者・娼妓・買春客・遊興費の日本人比率が高かったこと、買売客の多くが海軍軍人であった。

朝鮮北部の軍都羅南は、第19師団を擁し、文字通りの軍都として位置し、周辺の会寧、慶興、鐘城、咸興などにも日本軍が駐屯する。14年当時、羅南には憲兵分隊のみであったが、20年憲兵隊本部が羅南に移り北部朝鮮の憲兵隊の中心となる。羅南憲兵隊は特にソ連に対する諜報活動、間島を中心とする抗日運動の鎮圧と治安維持の任務を負っていた。金栄氏による聞き取り調査によると羅南の日本人は軍人と商売人以外は軍関係の雑務をする人くらいで、市街には日本人でないと入れず、これはソ連のスパイを警戒してのことであった。羅南に遊廓が早く設置されたのは軍営地で軍人が多く徘徊し、万一風紀を乱すことがあってはならないとして、1908年、三笠公園地一帯を三輪の里(美輪之里)遊廓として設置、金栄氏は軍基地周辺では性犯罪が発生していたということだろうかという。

朝鮮総督府は、朝鮮を強固な兵站基地化するため、接客業の抑制は「自主性」に任せ、黙認の方針をとった。戦争の拡大に伴う軍人の遊廓利用が増加するなかで、金栄氏は韓国人研究者の朴貞愛氏の「貸座敷〔遊廓〕は当初から軍人の性病管理を目的に設置」され、「軍人を主な顧客としていた貸座敷を抑制する必要がなかった」と引用しつつ、龍山基地に次ぐ軍事基地羅南も同様な状況であったと推測する。

最後に本書は「慰安所」制度の歴史的前提として、帝国日本の植民地支配の一環とする近代公娼制度の朝鮮への導入、加えて「慰安婦」被害者に対しては旧日本軍・日本政府の責任を問うことはあっても、植民地支配下での公娼制度下の娼妓や性買売女性たちの実態に対する関心も、植民地支配責任を問う声も高まることはなかった、とする。が、「慰安婦」問題解決運動を通し、そのような関心・認識も生まれていたのではないかと、わたくしは考える。植民地遊廓の「娼妓」も日本軍慰安所の「慰安婦」も、ともに常態的な性暴力に晒されていたこと、すなわち性奴隷として位置づけられるべきであり、戦争責任だけでなく植民地支配責任にかかわるとの指摘にはわたくしも全く同感である。
この記事の中でご紹介した本
植民地遊廓 日本の軍隊と朝鮮半島/吉川弘文館
植民地遊廓 日本の軍隊と朝鮮半島
著 者:金 富子、金 栄
出版社:吉川弘文館
以下のオンライン書店でご購入できます
このエントリーをはてなブックマークに追加
鈴木 裕子 氏の関連記事
金 富子 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
歴史・地理 > 日本史関連記事
日本史の関連記事をもっと見る >