言語学者のニューカレドニア メラネシア先住民と暮らして 書評|大角 翠(大修館書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年12月1日 / 新聞掲載日:2018年11月30日(第3267号)

消滅危機言語に寄り添う
話す人たちの世界観・環境の認識を垣間見る

言語学者のニューカレドニア メラネシア先住民と暮らして
著 者:大角 翠
出版社:大修館書店
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ニューカレドニアというと、きれいな海、おしゃれなイメージ。ところがこの本に出てくるのは、大コウモリ、鹿、イノシシの狩猟、そして現地の協力者にイモ虫をすすめられて、口にしたものの噛むことができず、「お前はフィールドワーカーではないのか!」という天の声が聞こえ、覚悟を決める著者だったりする。ときどきやってくる著者の「マジか⁈」に声を重ねる。

著者は狩猟採集生活を営む村に滞在して、言語調査を行っている。そう言葉にするのは簡単なことだが、実際にその世界を体験するのは並大抵のことではない。本書には、調査の様子や環境、現地の人とのやりとりの詳細が記され、なかなか知ることのできないニューカレドニアの先住民カナク人たちの生活、食文化も随所に描かれる。どのようにして文法を解きほぐしていくのかにも、とくに詳しい。これから未知の言語の記述に挑もうという人はこの本から学ぶところが多いはずだ。

著者が調査している言語はニューカレドニアのティンリン語とネク語である。ともに消滅の危機に瀕した言語であり、その研究の意義は大きい。誰も記述しないでいれば、今後話者がさらに減少していった場合、その言語に刻まれた世界は後世に知られることなく永遠に失われてしまうかもしれない。著者は30年にわたってこれらの言語に寄り添ってきた。その記録は貴重である。

とくに所有構造は詳しく紹介される。たとえば、ティンリン語で「頭」と言おうと思ったら、必然的に誰の頭かの所有者情報が入らないことには語として成立しない。また同じ身体部位でも、頭のグループと頰のグループとでは表現の構造が違っていて、頭のグループには、目、足、顔、心臓、胃、骨、関節、肝臓、体液などが、頰のグループ(所有者が一人称以外の場合に名詞語幹と所有者標識の間に「ナン」が入る)には角、とさか、尻尾、鼠蹊部、脳、腎臓、肋骨、血液などが含まれる。間接所有の場合の所有分類辞は、肉、果物、飲み物などに類別されて、7種類もあるのだとか。しかもこの言語では、たとえば物をもらう前からそれはその人のものとしてマークされているのだから、その見え方もおもしろい。ティンリン語に刻まれた範疇化にその言葉を話す人たちの世界観、環境の認識を垣間見る気がする。

ティンリン語は話者数200~300人。話者は50歳代以上に集中し、次世代に母語として継承されなくなっている。ネク語も同様で、16~17年前は子どもたちもネク語で話していたのに、今では聞き取るのがやっとだという。ニューカレドニアではフランス語が公用語としても教育言語としても使われているので、就学後は子どもたちの言語がフランス語に切り替わってしまう。言語シフトの進行は急速であるが、話者はまさか自分たちの言語が近い将来消滅してしまうなどとは想像していない。多くの消滅危機言語がそうであるように、「話者が気づいた時はもう手遅れ」になってしまう。

フランスを中心とした西洋的な価値観が言語とともにカナク人の社会を変えていく。現代にあって、先住民の言語を保持することはやはり難しいことであろうか。

「時間という観念が無」く、日の出や日の入り、潮の満干、雨季や乾季などの「自然のリズムを大気の中に感じる独特な皮膚感覚」をもつ人びとの言語には、私たちのまだ知らない、人間の本性さえ宿っているのかもしれない。
この記事の中でご紹介した本
言語学者のニューカレドニア メラネシア先住民と暮らして/大修館書店
言語学者のニューカレドニア メラネシア先住民と暮らして
著 者:大角 翠
出版社:大修館書店
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