吉本隆明の理念と実践に光を当てる 『吉本隆明全集』(第一七巻、晶文社)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年12月7日 / 新聞掲載日:2015年12月7日(第3268号)

吉本隆明の理念と実践に光を当てる
『吉本隆明全集』(第一七巻、晶文社)刊行を機に

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晶文社より刊行中の『吉本隆明全集』(全三八巻・別巻一)。現在の最新刊は第一八回配本の一七巻。本書はミシェル・フーコーとの対談を核に編まれた『世界認識の方法』他を収録、また未発表の吉本がフーコーに宛てた書簡が初収録されている。これを機に橋爪大三郎、友常勉の二氏には書簡について、大澤聡氏には吉本と『試行』について執筆してもらった。      (編集部)
第1回
日本の知についての絶望 吉本は身を縮こまらせ、恥じている
橋爪 大三郎

吉本 隆明(1924-2012)
吉本隆明は、かなり困惑している。来日したミシェル・フーコーと、どのように対峙すればよいのかについて。

フーコーは、禅宗に興味を示した。座禅の《姿勢・作法それにともなう禅堂の規律などを実際に体験することに強い関心を抱》いた(四二七頁)。また、「〈性〉と権力」と題して講演を行なった。《〈牧人=司祭〉型権力…で、…『聖書』からうけとる思惟の特異さの由来を権力の概念として定立している》(四二九頁)。

この二つを判じ物のように受け取って、吉本は、《ヘーゲルが東洋と西洋との精神の分岐点とみなした領域》(四三○頁)を想起する。それは、《オリエント的世界を分水嶺として…東方では〈自然〉原理のさまざまな変化をつくりあげ…、西方にゆくにつれ…人間の自己意識の無限性を唯一者とする原理に変容》(四三○頁)するのだという。

それに続けて、この書簡の大部分を費やして論ずるのが、道元である。一三世紀の曹洞宗の僧で『正法眼蔵』を著した。インド→中国→日本と伝わった仏教のロジックを、〈牧人=司祭〉型権力と対置する。インドも中国も日本も、東洋だが、なかでも日本は、儒教や仏教以前の〈原始的〉な様相を残している点が特異だという。インド、中国の《アジア的専制》(四三一頁)のもとにある農村共同体はそれぞれ、《仏教の〈自然〉原理》を湛えていた。渡宋した道元は、中国の禅を批判し、《仏教のインド的な原理を守護しようと務めた》(四四四頁)。帰国して禅に励み、《個別的な人間の主観性は喪失し〈自然〉だけが内面性を獲得することによって得られる〈自由〉》(四四七頁)に達した。これは、《西欧的〈自由〉の概念からは、〈自由〉の喪失》(四四七頁)とみえようが、《〈アジア的〉な村落共同体の内的な制度としてだけ可能》(四四七頁)なものだという。

フーコー宛ての書簡は、《なにが問題なのかということの以前に、…問題を乗せる急拵えの舞台を作ることにおわりました》(四五○頁)と結ばれる。《それは必要なことでありましょうか?》(四五○頁)と。

こうして、西洋と東洋が対称的に配置された構図の、どこが悩ましいのか。

まずこの、西洋と東洋を対比する構図そのものが、ヘーゲル(すなわち、西欧思想)からの借り物である。おまけに、対比さるべき東洋の思想を記述する用語系も、西欧思想からの借り物である。自然、自由、専制、共同体、意識、普遍性、無限性、アジア的、…などなど。西欧のメガネをかけ、東洋のさまをなぞっているだけではないのか。《問題を乗せる急拵えの舞台を作る》ことさえ、出来ていないのかもしれない。

このことは、言い換えれば、吉本隆明は自分の思想を語る言葉(用語系)を持てているのか、という疑問になる。

戦後のもっとも創造的な思想家のひとりである吉本は、「共同幻想」「自己表出」「心的現象」「遠隔対称性」「自立」などといったキー概念を、豊かに生み出した。にもかかわらず、用語は不足している。《日本の僧侶たちは、千年来漢訳の経典を介して漢語の語感によって仏教を受容してきたために、現代の社会を理解し、また社会から理解されるための〈言葉〉をもたず、自己を理解するための〈言葉〉を産出できないのです。》(四二八頁)この論難はそのまま、百年来西欧のテキストを介して考えてきた日本の知識人にも当てはまるだろう。吉本はこの用語の不足を自覚するゆえに、暫定的に〈 〉で、 通用している用語を包む。この書簡でも、〈 〉は多用されている。これでははなから勝負にならない。

この書簡で、吉本は身を縮こまらせ、恥じている。それでも礼儀は尽くすべきだと、背筋を伸ばして書簡をしたためた。しかし、返事の来なかった書簡を、発表することはなかった。晩年、吉本本人に、著作を西欧語に翻訳してはと薦めたことがある。「いや、私のは、そんなんじゃない」と身を縮こまらせるように拒否したのを、私はとても奇異に感じた。自身を含む日本の知について、私などが想像できないほど絶望していたのかもしれない、といま思う。
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この記事の中でご紹介した本
吉本隆明全集17[1976-1980]/晶文社
吉本隆明全集17[1976-1980]
著 者:吉本 隆明
出版社:晶文社
以下のオンライン書店でご購入できます
吉本隆明全集〈14〉 1974-1977 /晶文社
吉本隆明全集〈14〉 1974-1977
著 者:吉本 隆明
出版社:晶文社
以下のオンライン書店でご購入できます
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