椹木野衣・樋口真嗣対談(司会=仲世古佳伸) 特撮のDNAと現代美術 特撮のDNA ―『ゴジラ』から『シン・ゴジラ』まで―」展開催を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 特集
更新日:2018年12月7日 / 新聞掲載日:2015年12月7日(第3268号)

椹木野衣・樋口真嗣対談(司会=仲世古佳伸)
特撮のDNAと現代美術
特撮のDNA ―『ゴジラ』から『シン・ゴジラ』まで―」展開催を機に

このエントリーをはてなブックマークに追加
第3回
矛盾をはらんだ物語

樋口 真嗣氏
椹木 
 元々はアイゼンハワーが唱えたことだけど、そこから原子力発電へと舵を切っていく。要するに、反原水爆運動への対抗措置として原子力の平和利用が唱えられ、日本における原子力発電が生まれたわけです。そこで作られた電気によって、大量殺戮のための兵器ではなく、日本の戦後の豊かさが下支えされていくというストーリーです。これがついに破綻をきたしたのが、二〇一一年の福島の東電原発事故だった。そうやって一九五四年の第五福竜丸被曝事件と、二〇一一年の福島第一原発の事故が、日本の戦後の歴史の中で繋がっている。このことがとても重要だと思うんですね。ゴジラが第五福竜丸事件の産物ならば、『シン・ゴジラ』は、福島原発事故の比喩として必然的に生み出されたといってもいい。体内にメルトダウンした原子炉を持ち、ゴジラが歩いたところが帰還困難区域になっていく。そう考えていくと、『シン・ゴジラ』を通じて『ゴジラ』が何だったのかを読み直すことができる。そんな『ゴジラ』は今までなかった。何十年も離れた時が、ゴジラという存在を通じて折り重なるような感覚といったらいいのか。どちらが新しく、どちらが古いわけでもない。日本列島とその上にのしかかってきたエネルギーをめぐる歴史の歪みや対米関係とか、そうしたものがすべて、『シン・ゴジラ』に結実している気がします。
仲世古 
 椹木さんがおっしゃったように、『ゴジラ』というのは、日本の戦後の歴史の中に生きているんでしょうね。実は僕は、第一作の『ゴジラ』の舞台となった伊勢志摩の「大戸島」近辺の漁村で生まれ育っています。映画では架空の地名ですが、海と山に囲まれた、日本列島そのものを代表するような地形であり、そこにゴジラが大嵐を伴って上陸する。椹木さんの言葉に倣えば、「悪い場所」ということになると思いますが、そんな場所にある集落をゴジラが破壊するわけです。最初の『ゴジラ』が作られたのは、第五福竜丸の被曝事故がきっかけだけれど、その後、日本は高度成長の良い時代を歩みつづける。たまたま大きな地震も起こらず、豊かさを享受し、そんな時代に呼応するようにして、ゴジラもおちゃめになり、子どもを対象としたキャラクターへと変化していく。そして突如として三・一一の福島の原発事故があり、『シン・ゴジラ』が誕生する。
椹木 
 三・一一の前の、阪神・淡路大震災のインパクトも大きかったですね。戦争でもないのに、都市が一瞬にして灰燼に帰してしまった。地面の中で何かが起きているという感覚があった。西欧には地震がありませんから、これは独自の感覚だと思います。その話でいうと、今年大阪北部地震がありました。遡ると、慶長伏見地震の時に割れ残った断層が動いたことによる説があるようです。そもそも慶長の前の文禄年間に、地震が多発したので、元号を変えた。豊臣秀吉が伏見城を建てた時には、地震はなまずが引き起こすという迷信が信じられていて、秀吉もそのことを書状に残しています。地中にはモンスターがいて、それが暴れると地震になるという比喩があったわけです。阪神・淡路大震災の時も、地面の中で何か未知なことが起きているという感覚があった。それを昔の人たちは、なまずに喩えたけれども、今ふたたびまたリアルな感覚としても浮上しているように感じるんです。話を怪獣に繋げると、ウルトラマンの『怪獣無法地帯』で、地底怪獣マグラーが一瞬だけ地上に姿を現し、すぐにまた地底に潜っていきますよね。名前からすると、マグマの比喩であり、地中のエネルギーの象徴みたいな感じがするんです。マグラーはチョイ役ですが、考えてみると、他にも地底怪獣が多い。怪獣がやってくるのは、一方では水爆実験があった南の島からなんですが、もうひとつは、日本列島の地下深くにある大地の裂け目とかから出てくる。ウランを食べるガボラという怪獣もいました。ウランも地中から掘り出される鉱物で、それを濃縮して原子力発電に利用する。怪獣は、そういう面でも日本列島の地殻変動と繋がっていると思います。
仲世古 
 面白いですね。そもそも元を辿れば、第五福竜丸の被爆事故があり、一作目の『ゴジラ』が作られた。映画の冒頭から、それを思わせるシーンではじまります。以後の怪獣映画も、核というものと密接にリンクしている。ゴジラとは何ものなのか。日本が背負わされた「核」という悲しみを引き受けさせられた生きものである。だからこそ原爆体験のない他の国では絶対に作ることができない。
樋口 
 しかしそれが、実はゴジラの不幸のはじまりだったと思います。そのせいで、何かしら社会性を持っていなければならないという強迫観念が、製作者も含めて植え付けられてしまった。特に一時、子ども向けになったあと、原点回帰が目指され、大人向けの怖い『ゴジラ』を作りましょうとなった時、それが自家中毒を起こした。一九八四年以降のことです。娯楽性の高いものでなければならないし、東宝の一番の稼ぎ頭であるキャラクターにもかかわらず、同時に憎い敵でなければいけない。また稼ぎ頭であるが故に、殺してはいけない。じゃあ、どんな物語を作るのか。毎回、先輩たちはものすごい苦労をして、矛盾をはらんだ物語を作りつづけてきたんだと思います。
仲世古 
 矛盾を孕んでいるが故の魅力も、また出てくるんじゃないですか。
樋口 
 どうでしょう。そういうあり方に対して、僕らはなんのシンパシーも感じなかったから、新しい『ゴジラ』を作ろうとした。この世界にゴジラはいませんという話からはじめたわけです。これまでのゴジラは「あの時のゴジラがまたやってきた」と、今までの物語を踏襲してしまっていた。そこは誰かの申し送りだと思うぐらい、強固なものとしてある。自分の中では、それが邪魔だとずっと思っていましたから、最初の条件付けとして、「(前の)ゴジラなしでもいけますか」という話をさせてもらったんです。
仲世古 
 そこは庵野秀明さんも含めて、皆さんで話し合われたわけですか。
樋口 
 ええ。極端にいってしまえば、今までを否定して、パンキッシュに、こういうものをやりたいと、それをどうやって受け入れてもらえるかが一番大きかった。もちろん、『ゴジラ』というのは東宝さんのものだから、おうかがいを立てなければなりません。でも、なるべく枝葉を取っ払ったところでやりたかった。仲世古さんが最初に触れてくださった平成版『ガメラ』の一本目も、何がよかったのか。つづき物として撮っていないからです。そうすると怪獣が現れた時、「信じられない」といった表情をする人々の顔を撮ることができる。そんなものが存在するわけがないというところからはじめられるんですね。でも、つづき物だと、「あの怪獣がまたきた」みたいな話になってしまう。その段階で、現実との落差がなくなって、物語世界における現実がフィクションになり、フィクションにフィクションを重ねるから、どうしてもエッジが弱くなるんです。だから、どうせやるんだったら怪獣のいない世界に、怪獣を登場させたいという思いが強かった。
1 2 4 5 6
このエントリーをはてなブックマークに追加
樋口 真嗣 氏の関連記事
椹木 野衣 氏の関連記事
読書人紙面掲載 特集のその他の記事
読書人紙面掲載 特集をもっと見る >
芸術・娯楽 > 美術関連記事
美術の関連記事をもっと見る >