忘却の記憶 広島忘却の記憶 広島 書評|東 琢磨(月曜社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年12月8日 / 新聞掲載日:2018年12月7日(第3268号)

読み応えのあるヒロシマ論
「記憶」の「劣化」を防ぐために

忘却の記憶 広島忘却の記憶 広島
著 者:東 琢磨、川本 隆史、仙波 希望
出版社:月曜社
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被爆をめぐる記憶と忘却のありようを率直にまなざし、いま何が必要なのかを考える論考。軍都=学都としての広島を改めて掘り起こし、その意味や問題点を明示する論考。市民からの「陳情書」という新たな資料をもとに、戦後「復興」のリアルを読み解こうとする論考。原爆資料館の人形展示の変遷をまとめ、その意義を考える論考。『地の群れ』や『H story』など原爆映画の詳細な読み解き。哲学カフェとエルカップというユニークな文化実践やゆるやかな「ジモト学」を紹介し、その意義を考える論考。多様なヒロシマを考えるための文献紹介等々。ひさしぶりに読み応えのあるヒロシマ論に出会った。

本書を読みながら、改めて確認したことがある。記憶とは、どのような内容であれ、いずれ忘れ去られるものだという明瞭な事実だ。しかし広島や長崎の「被爆の記憶」は、常に忘れてはならないものとして主張し続けられている。忘れてはならないという主張も十分すぎるほど理解できる。しかし記憶はいずれ忘却の彼方へと消え去ってしまうのだ。この矛盾に私たちはどのように向き合っていけばいいのだろうか。「記憶」を「継承」し続けるとして、その中身の「鮮度」を保ち、中身が持つ意味を絶えず確認し更新することなく、ただ「継承」だけを声高に叫び、叫び方も毎年決まりきったパターンが反復されるだけだとすれば、当然のことながら、「記憶」の「鮮度」は一気に落ちていくだろうし「劣化」していくだろう。「継承」すること自体への人々の関心も萎えていってしまうだろう。

被爆後七三年がすぎ、直接被爆した人々が高齢化し、「被爆の記憶」を支えてきた絶対的な拠り所である彼らの体験語りや声がますます希少になろうとしている今、「記憶」をいかに「継承」していけるのかが、大きな問題となっている。平和教育や社会啓発の場面では、たとえば直接被爆体験者が行ってきた「語り部」活動から非被爆体験者による「伝承者」活動へと実践が変わりつつある。確かにこうした取り組みは必然であり必須だ。しかし、これはあくまで「継承」するための工夫であって、「記憶」の「鮮度」を保ち、中身を「更新」する営みとは言えないだろう。依然として「被爆の記憶」は確実に日々「劣化」する危うさのなかにある。

ではどのようにすれば「劣化」を防ぐことができるのだろうか。本書が意識的に語りだろうとする「記憶」の「ケア」という発想や実践が、とても興味深い。これまでのように直接被爆体験者の絶対性や神聖さ、真正性だけに頼っていても「被爆の記憶」の「鮮度」は保てないのだ。未発掘の資料を探求し分析したり、過去の作品を新たに読み解き、現在的な意義を確認する営みから新たな知見を創造し、その知見をもとに「記憶」に拡がっている細かい傷や裂け目が「修復」され、〝被爆をめぐる新たな意味〟を注入されることで「記憶」の〝瑞々しさ〟が回復し、「被爆の記憶」は現在や将来にとって意義あるものとして新たに息を吹き返す。その場合、従来絶対視され神聖化されていた人物や活動、実践もすべて、読み直しの対象となるだろう。本書に収められた戦後広島での「陳情書」分析や平和活動家森瀧市郎の戦前までさかのぼる思想的背景の解読、原爆資料館の蝋人形展示の変遷を読み直す論考などは、「被爆の記憶」を「ケア」する見事な実践なのである。

医学の分野で、基礎研究と応用研究、臨床研究があるように、被爆問題にも同様の研究があり得ると思う。本書は、基礎研究の優れた成果だ。そして、さらに必要なのは、啓発という硬直した檻を壊し、越え出て、私たちの日常へ降り立っていく、あらたな被爆問題をめぐる力ある言説を創造する営みだ。そのために、どのような応用研究が可能か、もっと柔軟に考えるべきではないだろうか。本書を読み、その思いをいっそう強くした。
この記事の中でご紹介した本
忘却の記憶 広島忘却の記憶 広島/月曜社
忘却の記憶 広島忘却の記憶 広島
著 者:東 琢磨、川本 隆史、仙波 希望
出版社:月曜社
以下のオンライン書店でご購入できます
「忘却の記憶 広島忘却の記憶 広島」出版社のホームページはこちら
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