蜜蜂と遠雷 書評|恩田 陸(幻冬舎)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
更新日:2018年12月8日 / 新聞掲載日:2018年12月7日(第3268号)

恩田 陸著『蜜蜂と遠雷』
立教大学 堀江 彩乃

蜜蜂と遠雷
出版社:幻冬舎
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蜜蜂と遠雷(恩田 陸)幻冬舎
蜜蜂と遠雷
恩田 陸
幻冬舎
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恩田陸、と聞いて多くの人々が最も早く挙げる作品は『夜のピクニック』だろう。この作品は第二十六回吉川英治文学新人賞および第二回本屋大賞を受賞しただけでなく、映画化、更には舞台化されたこともその知名度の高さに拍車をかけた。彼女が私と同じ高校の出身であり、作品のモデルとなった「歩行祭」を経験したことから意識してしまう作品でもある。今回取り上げる『蜜蜂と遠雷』は第百五十六回直木賞と第十四回本屋大賞を受賞しており、こちらも負けず劣らずの注目を浴びている。

舞台は現代の日本で開かれる、とある国際ピアノコンクール。近年このコンクールを制した者が世界最高峰のピアノコンクールで優勝しているというジンクスがあり、各国から実力者達が集うという設定だ。この作品は「青春群像音楽小説」というジャンルで紹介されていることから察することができるように、四人のアマチュアピアニストが主人公となって物語が展開していく。音楽の素質については天才が三人と凡才が一人という内訳だ。しかし私は、この作品を前述したジャンルで薦められることに若干の違和感があった。とりわけ引っかかるのは「青春」の部分。驚くべきことに、主人公たちがこれまで積み上げてきた努力や練習風景についての描写が作品全体を通してほとんど見受けられない。唯一、凡才枠の二十八歳・明石にのみそういった描写があるが、天才枠の三人はそれぞれ十六、十九、二十歳という若さであるにも関わらず、未熟ゆえの努力や挑戦といった「青春」をあてはめられないのだ。これは彼らが生まれながらに演奏の技術に長けており、青春時代にそれに腐心しなかったことの表れだろう。では改めて、作中で描かれている「青春」とは何なのだろうか。

このコンクールは、それぞれが今後の身の振り方を迫られる最大の分岐点となる。

『夜のピクニック』もまた青春を切り取ったものだが、作中で登場人物は「賭け」という表現で歩行祭に特別な意味を見出している。実はこの「賭け」が今作でも行われる。国内外の賞も取りながら、十三歳で母を亡くして以降表舞台に立たなくなった元天才少女であり現役音大生の亜夜が師の勧めで今回のコンクールに出場することを決意した時、師の娘であり亜夜の音大の先輩でもある奏は「亜夜が本選まで勝ち残ったら私はヴァイオリンからヴィオラに転向しよう」と密かに「賭け」を行っていたのだ。しかし奏がそう考えた動機は、かねてからヴィオラをやりたいと思っていたから、としか書かれておらずこの賭けは物語から不自然に浮いていた。しかし、二作品で共通する「賭け」は青春を語る上で著者がテーマとするところなのだろう。自分は本当にヴィオラ奏者となるべきなのか。弾きたいけど弾きたくない。「賭け」の結果は神のみぞ知るところ、しかしそれは賭けに勝ちたい自分と負けたい自分という矛盾と向き合う契機となる。

勿論、矛盾と向き合うということだけでこの作品の「青春」の全てを意味づけられるわけではない。しかし私が日々の中でふと疑問を持つとき、核心に近づきつつ遠ざかっているとき、自己矛盾を意識するとき、いつもどこか青春の影を錯覚している気がしてしまうのだ。
この記事の中でご紹介した本
蜜蜂と遠雷/幻冬舎
蜜蜂と遠雷
著 者:恩田 陸
出版社:幻冬舎
以下のオンライン書店でご購入できます
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