運命 文在寅自伝 書評|文 在寅(岩波書店 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年12月8日 / 新聞掲載日:2018年12月7日(第3268号)

無念を引き継ぐ覚悟
たくましいエネルギーはどこから来るのか

運命 文在寅自伝
著 者:文 在寅
翻訳者:矢野 百合子
出版社:岩波書店
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 そのひとは首にマフラーを巻き、降りしきる雪にあらがうかのようにすっくと立っていた。まるで韓流のスターのような写真の表紙が目を引く。著者は今年東アジアの政治地図を大きく塗り替えた立役者の文在寅大統領。韓国ではこの本が世に出た2011年から80刷を超えるロングセラーになっているという。

408ページに及ぶ大著だが、ひとつのひとつのエピソードが2~8頁にまとめられ読みやすく、心に深く迫る言葉にあふれている。

去年の光州、今年の済州島やピョンヤンでの演説がなぜ原稿をほとんど見ないで、あのようなパワフルで格調高い言葉で彩られているのか、その秘密の一端がわかるような気がした。

文氏は、北朝鮮からの避難民の出身。学生時代から民主化運動に身を投じ、貧困のなかで弁護士となった。

本の冒頭は、廬武鉉元大統領が自死した日から始まる。記者会見は元秘書課長だった文氏が仕切った。「埋め尽くした記者たちのざわめきすら、恐ろしい静寂のよう」に感じられたとある。

釜山の裏通りの古びたオフィス。盧と文の両弁護士は、労働・人権問題を一手に引き受ける。靴の工場で働く女子工員は、給与の遅配だけでなく暴言・セクハラに苦しんでいた。公害闘争や民主化抗争では公安の目の敵にされたが、弁護士としての限界を設けず突き進み、警察庁長を刑事告発したこともあった。その様子は大ヒットした映画『弁護人』にも熱く描かれている。

ふたりは評判を呼び、廬氏はついに大統領まで昇り詰める。文氏は政治とは距離を置く希望を抱きながらも、民情首席秘書官など側近を務めることになる。ふたりは人権弁護士だった時代の理想を忘れてはいなかった。目指したのは、大統領が憲法や法律にはない超越した権力を持たない政治。まっすぐで、馬鹿正直な大統領であろうとしたが、その馬鹿正直が必ずしも受け入れられたわけではなく、最後は自ら命を絶つという悲劇につながった。

後日文氏が大統領に就任したとき、「国民の涙を拭う」「君臨し統治するのではなく、対話し心を通わせる」大統領でありたいと語った。そこには、盧氏の無念を引き継ごうとする覚悟が裏打ちされていることをこの本から知った。

好きな箇所がある。文氏と妻との熱い物語だ。康煕大学での民主化要求のデモの最中、文氏は催涙弾をまともに受けて気を失う。気が付くと濡れたタオルで顔を拭いてくれているひとがいた。二年後輩の声楽を学ぶ女性だった。そのひとこそのちに結婚することになる金正淑氏だった。文氏は言う「一浪して大学に入ったのは、君に会うためだった」。拘置所での面会では、食べ物ではなくいっぱいの真っ白なカスミ草の花束が渡された。まさに韓流ドラマそのままを行くようだ。ご馳走様です。

今回の日本語訳の本が出版されるにあたって、文在寅大統領は、日本の読者に熱いメッセージを送っている。そこには、文氏が韓国の南の海辺、釜山の影島で育ったことが書かれている。晴れた日には対馬がくっきり見える。古代から伽耶や百済のひとびとが行き来を繰り返した海が目の前に広がっていた。海は互いを隔てるものでもあったが、結ぶ架け橋でもあった。今年は小渕総理と金大中大統領がパートナーシップ共同宣言に署名して二十年という節目に当たる。いま、元徴用工への補償や慰安婦問題を契機に、日韓関係は冷え込む気配を見せている。そんななか、このたくましい政治家のエネルギーはどこから来るのかを知るうえで、絶好の一冊だとおもう。
この記事の中でご紹介した本
運命 文在寅自伝/岩波書店
運命 文在寅自伝
著 者:文 在寅
翻訳者:矢野 百合子
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
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