いま、息をしている言葉で。 「光文社古典新訳文庫」誕生秘話 書評|駒井 稔(而立書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年12月15日 / 新聞掲載日:2018年12月14日(第3269号)

いま、息をしている言葉で。 「光文社古典新訳文庫」誕生秘話 書評
「いま」とはどんな「いま」か
光文社古典新訳文庫創刊編集長の回顧録

いま、息をしている言葉で。 「光文社古典新訳文庫」誕生秘話
著 者:駒井 稔
出版社:而立書房
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「いま、息をしている言葉で。」

光文社古典新訳文庫のキャッチフレーズだ。しかし、この「いま」とはどんな「いま」だ?

創刊編集長、駒井稔氏が書いたこの本には、それが具体的に描かれていた。

古典新訳文庫といえば『カラマーゾフの兄弟』。その翻訳者、亀山郁夫氏との最初期の打ち合わせの光景だ。一度目の試訳は「今までのロシア文学の正統的な翻訳」をまだ踏襲していた。もう一度お願いし上がってきた二度目の試訳。しかしこれも違う。実際に会おう。出会い頭、亀山氏は「酒が飲めるところがいい」と言う。昼間である。やっと見つけた居酒屋の店長は「もうすぐ朝礼が始まりますが」と言い添えてロシア文学者と編集者二名を迎える。重たい空気の中の打ち合わせ。その時だ。「お客様には丁寧に!」「今日も一日笑顔でいこう!」の声が響き渡る。その中で亀山氏はドストエフスキーの言葉にもう一度挑戦してみることを約束する。

なるほど、そうか。いま風の若者たちのさんざめく会話やツイートに、古典の言葉を紛れ込ませることではなかったのだ。あの唱和する声の中には、ここしかない職場に擬態しようとする中年男のダミ声も、社会に従順に適応するしか知らない青年の声も混じっていただろう、もしかしたら福建省あたりの人のカタコトの日本語も……。そんな現代日本の声をバックに、あの父親と三人の息子たちの言葉が息づき始めたのだ。

駒井氏は古典新訳文庫の前は「スミマセン……あなたのオッパイ見せてくれませんか?」のヒットで知られた『週刊宝石』の編集者だった。本書は文庫の立ち上げの記録が中心だが、この週刊誌時代も印象的に描かれている。

1981年から97年の『週刊宝石』時代、駒井青年は取材だけでなく自らのプランで海外旅行をよくしている。その際は必ず本を携える。例えば88年のソ連旅行では何故か太宰の『津軽』をレニングラード行きの夜行列車で読んでいる。

私は駒井氏と同世代だから、彼がどんな風に読書をしてきたかがよくわかる。宝石時代は大半がバブル期に当たるので、その頃の読書の仕方を私は思い出していた。

当時よく聞いたのは「小説の黄金時代は19世紀だった」「優れた小説はすでに書かれてしまっている」といった言葉だった。そしてこの様に続く。「しかし新しい読み方で読めば、小説は更新できるのだ」(この様な主張の典型を金井美恵子『小説論』(朝日文庫)で読める)。

あの頃の文学青年はそれを信じてフローベールを、ブロンテを、メルヴィルを新しい読み方で読もうとした。旅をしながら読むというのもその一つだったろう。しかしだ、新趣向の読み方など簡単に出来るものではない。やはり読者の思考は小説の言葉に厳然と規定される。80年代の書店に置かれていた翻訳書の言葉では「更新」は無理だったのである。

駒井氏が古典の新訳シリーズを会社に提案しようと決めたのが2003年、村上春樹の新訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(白水社)が評判になった頃だ。編集部を立ち上げ具体的に動き出したのが04年6月、創刊は06年の9月。先述した『カラマーゾフ』の打ち合わせもそうだが、やはり立ち上げ時のエピソードの描写は秀逸だ。

東大キャンパスの洒落たレストランで行われたフランス文学界のプリンス野崎歓氏との会談、瞬間湯沸かし器の如く怒り出す英文学者兼演出家の安西徹雄氏の姿……。登場する翻訳家たちも魅力的だ。
この記事の中でご紹介した本
いま、息をしている言葉で。 「光文社古典新訳文庫」誕生秘話/而立書房
いま、息をしている言葉で。 「光文社古典新訳文庫」誕生秘話
著 者:駒井 稔
出版社:而立書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「いま、息をしている言葉で。 「光文社古典新訳文庫」誕生秘話」出版社のホームページはこちら
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