マルセル・デュシャン アフタヌーン・インタヴューズ アート、アーティスト、そして人生について 書評|マルセル・デュシャン( 河出書房新社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年12月15日 / 新聞掲載日:2018年12月14日(第3269号)

現代芸術の日常言語学派
20世紀の初心忘るべからず

マルセル・デュシャン アフタヌーン・インタヴューズ アート、アーティスト、そして人生について
著 者:マルセル・デュシャン、カルヴィン トムキンズ
翻訳者:中野 勉
出版社: 河出書房新社
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デュシャンは言う。

「わたしの言うことなんて信じちゃあいけませんよ」。

この発言は、デュシャンの作品に通底するパラドックスを象徴するような、いかにもこの作家らしい発言である。などと書くのは容易なことだが、それでは本書の評にはならないだろう。

私は、このフレーズの意味内容を解釈することよりも、「信じちゃあ」の「あ」の字に、本書の真骨頂を読み取りたいのだ。なぜなら訳者の中野勉は、フランス語を母語とするデュシャンの、英語の口調に注目し、本書を訳しているからだ。訳者の戦術によって、デュシャンのトムキンズへの信頼感溢れる声が、文章から聞こえてくるではないか。

録音に残るデュシャンの肉声と、原著と訳文を比較するのは、私では力不足だが、印象として本書には、北山研二の『デュシャンとの対話』、岩佐鉄男・小林康夫による『デュシャンは語る』と異なる、普段着のデュシャンとでもいうべき、ざっくばらんな日常会話と、読者を惹き込むナチュラルな言語行為の魅力がある。

デュシャンの苦手な私には、本書の読書体験は、彼への先入観をリセットし、前述の2冊をも虚心坦懐に再読する機会をもたらしてくれた。

さて、私が本書を通じて再認識したことは、愚直で恥ずかしい限りだが、デュシャンこそが、作品受容を入口に、20世紀の芸術観を決定付けた張本人だという歴史そのものである。

デュシャン曰く「アーティストと見物人と、見物人がいなけりゃあアートなんてない、そうでしょう? アーティストが自分のアートを観るってだけじゃあ足りない。誰かがそれを観るんでなくちゃあならない。わたしは見物人に、アーティストよりも大きな重要性を与えている、と言ったってかまわない。だって見物人はただ見るだけじゃあなくて、判断を与えるんだから。わたしが思うにこれは、アートという、さして重要でもない遊びを社会の中に持ち込むひとつの方法です」と。

この発言、もちろん、レディメイドをめぐる芸術制度論として解釈するに如くは無い。きちんと理解するためには、芸術学、社会学、メディオロジーなどを通して論じるべき重要性かつこみいった話なのだが、私はデュシャンの何気ない口調の発言から、現代芸術の定義をいま一度はじめたい。レトリック抜きのありのままの言葉で語られるラディカルな現代芸術論から21世紀を考えたい。

2018年の極めて息苦しい日本で、芸術は社会との接点として、ある種の有用性を要請されている。芸術制度論を経たミュゼオロジーは、こうした状況を承け、作品鑑賞のサービス・デザインを学芸員に奨励し、現代の作家や作品にまで徒にこれを課しているように、感じられる。本書を読み、デュシャンの声を聞き、私はなぜ現代芸術に魅了されてきたのかを再確認した思いがする。

現代芸術の本領は、19世紀以来の、英雄的で、圧倒的な作家像をリセットし、観衆の思考と作品を巡る出来事として生じるコミュニケーションを、歴史的、論理的なルールにおいて、自由へと解放してくれるフェアネスにこそある。そんな現代芸術の初心忘るべからずと、呟いておきたい。
この記事の中でご紹介した本
マルセル・デュシャン  アフタヌーン・インタヴューズ アート、アーティスト、そして人生について/ 河出書房新社
マルセル・デュシャン アフタヌーン・インタヴューズ アート、アーティスト、そして人生について
著 者:マルセル・デュシャン、カルヴィン トムキンズ
翻訳者:中野 勉
出版社: 河出書房新社
以下のオンライン書店でご購入できます
「マルセル・デュシャン アフタヌーン・インタヴューズ アート、アーティスト、そして人生について」出版社のホームページはこちら
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