全国マン・チン分布考 書評|松本 修(集英社インターナショナル)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年12月15日 / 新聞掲載日:2018年12月14日(第3269号)

京都を中心とする多重周圏構造
性器語の語源・語史的考察に踏み込む

全国マン・チン分布考
著 者:松本 修
出版社:集英社インターナショナル
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 『全国アホ・バカ分布考』で有名な松本修氏が、構想20年以上に及ぶ著作をついに出版された。

評者が『全国アホ・バカ分布考』の存在を知ったのは1990年代の後半。国立国語学研究所出身で、当時、信州大学で社会言語学を教授していた澤木幹栄先生から、「こんな面白い本があるよ」と教えていただいたのだ。

その頃、オナニー言説の収集で頭が一杯だった評者には、熟読する余裕がなかったが、この本を通して、柳田國男が提唱した方言周圏論について学ぶことができた。

方言周圏論とは、文化の中心地で発生した新語が、まるで波紋のように周辺に広がっていくというものである(周圏分布)。したがって、中心から離れた遠隔地には古い言葉が残るとされる。

近年では、方言だけでなく、人間の家族構造にも周圏分布が当てはまるという説が、エマニュエル・トッドらによって提唱されている。それほど有力な理論である。
本書の口絵は、性器を示す語彙が京都を中心とする多重周圏構造をなしていることを雄弁に語る。女性器については、遠隔地から順にマンジュー、ヘヘ、ボボ、オマンコ、チャンベ、メメ、オメコ、オソソ。男性器については、ヘノコ、シジ、マラ、ダンベ、チンコ、チンボウ、チンボ、チンポ。芸術的なまでに美しい周圏分布が描かれる。
松本氏は、1992年の時点でこのことを明らかにしていたという。おそるべき研究成果である。

さらに本書の凄みは、さまざまな性器語の語源・語史的考察に踏み込んでいる点にある。

その結果、オマンコは「マンジュー→マン→オマン→オマンコ」という御所ことばの変化を辿ったこと、オマンコは「オ饅子」、メメは「女々」、メンチョは「女ンチョ」、オメコは「オ女コ」、オソソは「オ楚楚」、チャンベは「茶兵衛」、ダンベは「団兵衛」を語源とすることなどが明らかにされる。

並の学者なら「語源をつきとめるのは難しい」で終わってしまうところだが、ことばの周圏分布という圧倒的事実が、本書の語史的考察に説得力を与えている。

とりわけマラが漢訳梵語の「魔羅(摩羅)」起源であるという、江戸時代以来の定説に挑戦した第7章は、圧巻である。

松本氏は、途方もない数の文献を渉猟した上で、それが『日本霊異記』以来の「 」や、「末裸」(行く末は、裸)を語源とし、男の赤子や幼児用に使われた和語だと推定する。論の当否は言語学の専門家に任せるが、知的な研究はかくあるべし、という感慨に浸ることができる。

ところで評者にはふとした疑問が浮かんだ。日本にはさまざまな性器の語彙が存在するが、そのどれをリアルと感じるか――たとえば赤面したり、人前で話すのが憚られたり、心がざわつくか――には、個人あるいは出生地によって違いが生じるのではないか、という疑問である。

たとえば1967年に石川県羽咋郡志賀町で生まれ、1986年まで当地で暮らした評者は、ボボ、オマンコ、チンコなどの言葉には、実は大した思い入れがない。「ボボ」と聞けばボボ・ブラジルしか思い浮かばないし、「オマンコ」「チンコ」は自分の言葉という感じがしない(感覚が麻痺しているだけかもしれないが…)。

他方、1980年代に地元の友だちと交わした「チャンペ」や「ダンベ」の語を聞くと、たちまち赤面してしまう。ここで出てくる「ぺ」や「べ」は「べえ」の省略であり、「べえ」が富山・石川では「娘」を意味し、「チャンペ」が加賀藩独自の変化かもしれないという知見は、たしかに目から鱗である。それにしても、この、評者の地元語が誘発する気恥ずかしさは、何に由来するのだろうか。機会があれば教えを乞いたく思った。

ところで松本氏は、和語に起源をもつマン・チン語を、可愛さ、美しさ、いとしさ、雅、格調と気品に満ちた京(日本)文化の伝統とみている。本書を生み出した最大の原動力ともいえる、この思いは尊重したい。

他方、「羅切」(=魔羅を切る)を考えるほど性に煩悶し、性を呪った人々の存在もまた、日本人の歴史を彩る大切な要素ではなかったか、と評者は思う。もちろん、性の暗黒面への拘泥は、仏教などの外来文化がもたらした負の側面ではある。しかし性の歴史には、光と影、美しさと醜さ、明るさと暗さ、快楽と危険が同時に伴う。これらを等分に論じることもまた、「地に落ちる覚悟」で性を研究する者(むろん評者も含む)に課された課題ではないだろうか。

このことに思いを至らせてくださったことに、感謝したい。
この記事の中でご紹介した本
全国マン・チン分布考/集英社インターナショナル
全国マン・チン分布考
著 者:松本 修
出版社:集英社インターナショナル
以下のオンライン書店でご購入できます
「全国マン・チン分布考」出版社のホームページはこちら
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