幻想と怪奇の英文学Ⅱ 書評|東 雅夫(春風社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年11月11日 / 新聞掲載日:2016年11月11日(第3164号)

幻想と怪奇の英文学Ⅱ 書評
幻想文学へのいざない それぞれに刺激的な視点を提供する論文集

幻想と怪奇の英文学Ⅱ
出版社:春風社
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英米アイルランド文学者を中心とする研究者19名が、専門性を発揮し、中世から現代にいたる幻想と怪奇の文学を論じ、それぞれに刺激的な視点を提供する論文集である。人間が知識と科学技術をもって世界を覆い尽くそうとする時代になってなお、なぜ人間は怪奇や幻想に惹かれるのか。紙幅の関係ですべてには言及できないが、編者東雅夫の言う「知的エンターテイメント」との趣意にそって、評者の関心の中で興趣を覚えた論文に絞ってポイントを紹介したい。

「乱世のなかに夢幻を描く」W・B・イエイツに能の魅力を伝えたことでもしられる白樺派の郡虎彦の『義朝記』を論じる。郡はギリシア古典劇の素養を生かして、『保元物語』を英語の三幕劇に書き換えた。日本の戦記物語の骨肉の争いの背後に神々の争いを見るときに現出した郡独特の幻想世界を丁寧な論述で明らかにする(鈴木暁世)。

「『フランケンシュタイン』の幽霊」初期SFとも称されるメアリー・シェリーの作品が、バラッド伝承の再話でもあることを説得力豊かに論じ、人間の『根源的な情念』、あるいは「不道徳な情念・罪・恐怖」を描く口承伝承の世界へと『フランケンシュタイン』を送り戻す(小川公代)。

「『ぼくらはまた逢うだろう』」ヴィクトリア朝の観客は、舞台『コルシカの兄弟』で、初めて「落とし戸」で登場する亡霊を見て熱狂したという。だが作者プーシコーの実の目論みは幕切れで亡霊が告げる不気味な予言に託された、ルネサンス演劇のようなことばの力の復権ではなかったかと提起する。現代の視覚文化についても考えさせるすぐれた論考である(岩田美喜)。 

「クエスティング・ビーストの探究」十二、三世紀の聖杯伝説に美しい姿で登場した幻獣クエスティング・ビーストが、後世の加筆修正でおぞましい怪物となったのち、トマス・マロリーの『アーサー王の死』で人畜無害の存在へとさらなる変貌を遂げたのはなぜかをスリリングに論究する(小宮真樹子)。

「スフィンクスの笑み」『タイムマシン』に登場する退化した軟体動物、『宇宙戦争』のタコのような火星人、「百万年後の人間」に描かれる「身体が不要になり、脳だけのような姿」になった未来人。進化の極みに退化の極みをかさね見るH・G・ウェルズに、同時代への失望を読み取って説得力をもつ(遠藤徹)。

「ファリントンはキーボードの夢を見るか」ジョイスの「複写(“Counterparts”)」に登場する、さまざまな複写作業に携わる人物たちの機械化の様相を通して、人間性を保持するためには「自ら機械に似てゆくしかない」皮肉な時代状況の中の人間像を鋭く照射する(桃尾美佳)。

「重なり合わない分身と分心」作家が自分と異なる性をもつ主体を創造し、両者がともに創作を行うとどうなるか。実在の作家ウィリアム・シャープに想を得た尾崎翠「こほろぎ嬢」をメタテクストとして読み、尾崎に一歩進んだ批評性を認める(有元志保)。

「ラジオの描くモンスター」両性具有はヴァージニア・ウルフの文学的テーマでもあったが、そのウルフは、「巨大で、顔のない、ほとんど形の崩れたゼリーのごとき、人間もどき」と大衆を評し、文化を大衆化するBBCも批判した。一方、詩人ルイス・マクニースはBBCの文化的使命を担ってラジオドラマ『ダークタワー』を書いた。この詩劇に登場する不可視のドラゴンを論じ、大衆をモンスターとしてしか語り得なかったモダニストの限界に果敢に迫る(川島健太)。

「赤ずきんはなぜ狼になったか」人狼伝承から派生した赤頭巾のモチーフが、現代において再びこの伝承と合体したとすれば、どのような赤頭巾の物語が生まれるか。狼を受け入れ、自ら狼になることを選ぶアンジェラ・カーター「狼三部作」の少女たちに、筆者は人狼伝承の新たな変成と可能性を見る(高橋路子)。

「悪、破局、笑い」壮大な失敗作とみなされるジェイムズ・ホッグの大作『男の三つの危険』を、災禍における「人知を超えた自然の生成力」をめぐる現代的な問題作として読み直しを迫る。百物語の枠組みを利用しつつ、まずい話をした者が<食べられる>エピソードへと逸脱するとき、「食べること」が「語ること」と結びつき、人間の肉体性の根源へと開かれるという指摘は意味深い。啓蒙主義が捨て去った「民衆文化を支える『笑い』の世界」について続編を期待したい(金津和美)。

「時空をかける女たち」ルース・オゼキ『有る時の物語』は東日本大震災に触発されて書かれたという。僧道元の教え「有時(うじ)」を手がかりに、オゼキは東日本大震災、九・一一の同時多発テロ、第二次世界大戦という一見異なる事象に共通性を認め、人間に降りかかる災厄を理解しようとする。テクストの綿密な読みから、今日的状況との相関的意味を明らかにする(臼井雅美)。

ここに取り上げなかった論考も、深い学問的考察の中から独自の思考を展開している。編者下楠昌哉によるジェイムズ・ジョイスの「姉妹」の新訳と解題、戦前戦後に英米の幻想文学の日本への紹介に大きな功績があった翻訳者平井呈一をめぐる編者二人の対談のほか、執筆者へのメール・インタビューも収録され、広範囲な読者に知的関心を喚起する幻想文学へのいざないとなっている。
この記事の中でご紹介した本
幻想と怪奇の英文学Ⅱ/春風社
幻想と怪奇の英文学Ⅱ
著 者:東 雅夫
出版社:春風社
「幻想と怪奇の英文学Ⅱ」は以下からご購入できます
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