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”Letter to my son"
更新日:2018年12月18日 / 新聞掲載日:2018年12月14日(第3269号)

Letter to my son(21)

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(C)Eiki Mori Courtesy KEN NAKAHASHI
1ガロンのソイミルク、32オンスのお米2袋、無塩野菜ジュースとちょっとした手作りのもの(試作したマフィンやプディングなど)を、毎週金曜のお昼前、店の近所に住んでいる詩人に届ける。彼が店に来なくなってからの私のルーティーン。  9月11日以降、うちのカフェもしばらく閉めていたけれど14日から店を開けた。チャイナタウンにもいつもと同じような賑やかさは戻りつつあったけど、人々の表情は硬く、まるで誰もが南の空に止むことなく広がり続ける不気味な黒煙に見つけられるのを怖がっているように、下を向き足早に過ぎ行く。14日の夕刻、お客さんもいなくなり、少し早いけど閉めようかなと思っていた時、ドアが静かに開き、詩人が入って来た。「いらっしゃい。大丈夫だった?」「大丈夫。君の家族や友人たちは?」「みんな大丈夫」。「よかった」。そんな会話を交わしながら、彼はいつもの窓際の席へ向かう。元々汚れていた大きな窓ガラスは、さらに埃にまみれ白くなり、夕陽をたっぷりため込み、店内を眩しく照らす。話しかけるのが躊躇われるぐらいに、詩人は一心不乱に何かをノートに綴ったと思ったら、そのまま身じろぎもせず放心したように座っている。光の中で全てが止まっているみたいだった。最後にひと口だけ冷めたコーヒーを啜り帰っていった。そして、その日を境にぱったりと店に姿を見せなくなった。


詩人の家は当たり前だけど先週と何もかわりはない。買ってきたものをいつもの場所に並べている私に彼が話しかける。「ひとつお願いがあって」。「あ、蜂蜜もうなくなった?」。「いや、まだあるよ。実は詩を1篇、少し長めなんだが口述するから書き取ってほしくて」。「もちろん。でもどうして?」「長い間…その詩だけは手が震えて推敲できないままで」。彼はそう言いながら1冊のノートをキッチンテーブルの上にそっと置いた。ずっと昔に見覚えのある、あの日のノートだった。
(もり・えいき=写真家)
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