宮台真司・苅部直・渡辺靖鼎談 民主主義は崩壊の過程にあるのか コモンセンスが「虚構」となった時代に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年12月21日 / 新聞掲載日:2018年12月21日(第3270号)

宮台真司・苅部直・渡辺靖鼎談
民主主義は崩壊の過程にあるのか
コモンセンスが「虚構」となった時代に

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第6回
中動態という世界観

渡辺 靖氏
渡辺 
 最近、中国でゲノム編集が成功したという報道がありました。あれも、その先に行くには倫理的な壁が高いようだけれど、製薬会社や医療界へ莫大な研究資金が流れれば、壁が壊されるのも容易かもしれません。
宮台 
 父親のHIVウイルスが子どもに継承されないよう免疫システムを替えるゲノム編集を行なったと。最初のYouTube動画では「医学的処置で、デザイナーベイビーではない」と強調していました。強調するから、すぐデザイナーベイビーへと移行できるのだなと誰もが思った(笑)。
渡辺 
 ゲノム編集により個人の自由を広げることができる、あるいは社会の負荷を減らすとか、そういう説明に転じれば、倫理的な拒否反応もどんどん低くなっていくでしょうね。
宮台 
 遺伝子操作コストが格段に下がれば、遺伝子操作をして貰えなかった不作為で子が親を訴えるケースもあり得ます。数万円かければ自分の「頭は/容姿は/運動神経は…」もっとよくなったはず。親がそれを惜しんだせいで一生の重荷を負った。責任は両親の不作為にある。だから賠償せよ。こうした賠償請求が誤りだと言える根拠はコモンセンスという「今や虚構」にしかない。
渡辺 
 マイケル・サンデルの議論に一〇〇パーセント同意はしませんが、サンデルがデザイナーベイビーに反対していますよね。その理由が、今日の議論に繋がってくると思います。人間社会が持つ最後の共通項として、「運」というものがありますよね。たとえば、お金持ちに生まれてきたけれど、運動神経が悪いとか、頭が悪いとか、どこか人と比べて劣った部分がある。そのレベルにおいては、コントロールできない。それが最後の共通項であった。デザイナーベイビーを含むゲノム編集は、そこに人為的に介入できるということであり、最後の基盤さえも壊れてしまう。これは人間社会にとって堪えられない苦痛になるし、共同体としての倫理的な基盤も根本的に崩れてしまう。やはり個人では左右できないところがあることを、最後の平等性の担保として残すべき必要がある。これがサンデルの議論です。アルゴリズムにしても、ゲノム編集にしても、人為的介入によって生じる世界においては、ボトムラインでの社会の共通感覚も壊れてしまう。果たして我々は、そんな事態に耐えられるのか。大きな懸念が残ります。
宮台 
 耐えられないでしょう。國分功一郎氏が昨年『中動態の世界』(医学書院)を刊行、改めて「中動態」概念について問題提起されたけど、まさに渡辺さんの懸念に関係する。昔のインド・ヨーロッパ語には中動態と能動態と受動態があった。能動態と受動態は変換可能で同じ世界観だが、中動態は違う世界観。國分氏の本にはないけど、中動態的な世界理解の典型が妊娠。妊娠を目指した能動的活動はできるが、妊娠するとは限らない。妊娠しても性別も才能も容姿も性格も選べない。だけど人は妊娠を「能動的に受容=受動」する。そこには世界に委ねるという感覚がある。

渡辺さんは「運」という言葉を使われた。偶然性とも言い換えられる。謂わば外からの介入。メイヤスーが言う反理由律的な世界観。これが元々人が世界に関わる態度でした。だから偶然に耐えられ、不安を反復行為で埋め合わせる神経症にならなかった。昨今は全ての偶然はノイズだからコントロールしなければ気が済まないと言う人が増えました。重度の神経症。損得野郎を含めて僕が「クズ」と呼ぶ輩です。
〈3面につづく〉
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