2018年回顧 外国文学 英文学 ホームとポピュラーなるもの、 あるいは、政治空間の「大転換」?|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年12月22日 / 新聞掲載日:2018年12月21日(第3270号)

2018年回顧 外国文学 英文学
ホームとポピュラーなるもの、 あるいは、政治空間の「大転換」?

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「住宅供給の問題に始まった二〇世紀の家の物語は、それぞれのホームの所有で終わりを告げた」。サッチャー政権が公営住宅の借家人に向けて持ち家住宅制度を推進しようとしていたまさにそのときに、建築評論家マーティン・ポーリーはこう主張したのだが、この主張を、『理想のホーム、一九一八―三九――ドメスティック・デザインと郊外モダニズム』(マンチェスター大学出版局)の「あとがき」で引用した、英国デザインの歴史・理論の研究者デボラ・サグ・ライアンは、二一世紀のいま現在においては、まったく異なる物語が展開していると断言している。そこには、旧い持ち家を売っても、正規雇用の共稼ぎで生活する夫婦である自分たちを含め、いまとなっては、新たに家を所有することがきわめて困難になっている英国社会の不安が、本書全体のトーンを彩るいささか感慨をこめた過去へのノスタルジアとともに、言いあらわされている。ここに看取されるのは、英国の「ピープル」・「ふつうの人びと」たる白人中産階級に帰属する個人とホームとのひそかに深く結ばれた絆・関係性にほかならない。

ホームと関係するポピュラーなるものは、今年の英米文学・文化研究においても論じられている主題・問題である。二〇世紀の戦間期を中心としたナショナルなポピュラー・カルチャーを取り上げた中央大学人文科学研究所編『英国ミドルブラウ文化研究の挑戦』(中央大学出版部)は、「ミドルブラウ研究の祖アリソン・ライトの『宿題』」すなわち労働者階級出身のライトが「中流階級の保守主義の研究に挑戦したことのある種の捩れ」を説明する際に、彼女や夫ラファエル・サミュエル等々のパトリオティズム再解釈とは対照的なステュアート・ホールによるサッチャー主義批判を、批判的に、言及している。「ホールのように真っ向から、右翼政治家が経済的苦境を背景に社会民主主義政権が追い詰められる状況の構造に付け込んで、『階級』を飛び越え直接『人びと』に訴えることに成功した」といったポピュリズム批判は、有権者の支持を獲得する構造分析としては明晰でも、サッチャー政権の政治・経済政策の評価に関しては不十分である、と。同様にまた、「現代アメリカ文学に描かれた個の物語をあえて特定の文脈のなかの『保守』という観点から再検討」した山口和彦・中谷崇編『揺れ動く〈保守〉――現代アメリカ文学と社会』(春風社)は、二〇一六年米国のトランプ現象およびその後のアメリカ社会の変化をまずは取り上げて、会田弘継『トランプ現象とアメリカ保守思想』(二〇一六)からの以下のような引用から議論を始めている。「トランプの派手で刺激的な言動に熱狂しているのは、中産階級がそこまでの本当に危機的な状況におかれていることの反映なのだ。……民主党の候補者バーニー・サンダースの予想を遥かに越える健闘には、同じ危機意識が支えとなっていると考えることができる」。民主党のバーニー・サンダースと共和党のトランプを支えているのは、「ともに一向に解消されない格差に怒りを抱えた中間層」ということだ。

ポピュラーなるものがこのようにホームの所有あるいは国家主義・ナショナリズムと結びついていま再び問題化されている歴史状況は、政治空間の「大転換」(カール・ポランニー)といった観点から、理解することができるのかもしれない。二人のイギリス文学研究者、中山徹・鈴木英明の手により翻訳されたスラヴォイ・ジジェク『絶望する勇気――グローバル資本主義・原理主義・ポピュリズム』(青土社)は、「ポピュリズムの誘惑」を論じた第六章で、「トランプを破る唯一の方法、自由民主主義の救うに値する要素を回復する唯一の方法は、自由民主義の本体組織から分派すること、要するに、重心をクリントンからサンダースへ移すことである」、「次の大統領選は、トランプとサンダースのあいだで戦われるべきである」、と主張している。リベラリズムからの「分派」あるいはリベラリズムをそのリミットまで徹底化する反リベラリズムというジジェクの戦術が指し示すのは、「トランプの勝利の本当の意味」である「政治空間の根本的な再編成」、すなわち、連合したヨーロッパのグローバリズムとそれを脅かすナショナリズム的方針をとる保守派・ポピュリストの攻撃から派生するさまざまな内政・外政レヴェルでの諸アンチノミーにほかならない。そしてまた、「トランプとプーチンも支持した」英国のEU離脱の意味も、同じように、とらえることができるかもしれない。

「大転換」しつつあるリベラリズムあるいは自由民主主義というこのヨーロッパの遺産をめぐり、(階級問題・経済的格差と翻訳・変換しうる)「社会的差異」に基づく差別の止揚を企てるポピュリズムあるいはポピュラー・カルチャーの可能性は、いったいどのように思考することができるだろうか。英国モダニズムの代表的詩人・批評家にして偉大な保守主義者でもあったT・S・エリオットは、『文化の定義に向けての覚書』というエッセイで、以下のように述べた、らしい。「選択肢が分派主義と無信仰しかない、つまり、宗教を存続させるには本体組織から分派するしかない、そのような時機が存在する」と。今日なすべき思考と行為とは、まさにこれなのかもしれない。

だとするなら、「サンダース」とは、その意味作用を、英国の文学・文化研究において、どのように書き換え、解釈し直すことができるだろうか。ひょっとしたら、それは、二〇世紀という過去のホームへのノスタルジアに孕まれた不安を、望ましき未来の欲望の社会的形式へと想像し直すことかもしれない。文化の書き換え・読み換えに関わるそうした変換・翻訳の行為をもしも試みようとするなら、あくまで個人の所有をめぐる主題・内容とかだけを論じているわけにはいかないだろう。たとえば、日本なら東京の郊外庭付き一戸建てとして思い浮かべてしまうかもしれない日常生活の居場所が(移民や難民といった)敵とみなされる他者によって失われてしまうといった恐怖であるとか、はたまた、二一世紀版の新たな持続可能性をナイーブに措定して語られるさまざまな「社会的差異」をフレキシブルに越境・横断して達成する「成長」・「立身出世」であるとか。米国の場合については、戦間期の文化・社会批評を、具体的には、『ニュー・リパブリック』誌において「機械的」に交錯し再編集・再構築される知識人サークル・ネットワークを、戦後の二〇世紀の冷戦とそれ以降の歴史もふまえながら、再度、捉え直すことを開始した吉田朋正『エピソディカルな構造――〈小説〉的マニエリスムとヒューモアの概念』(彩流社)、とりわけ、「モダンの二重螺旋よりいと――E・ウィルソン、M・カウリー、K・バークの一九三〇年代」を言及しておこう。
この記事の中でご紹介した本
英国ミドルブラウ文化研究の挑戦 /中央大学出版部
英国ミドルブラウ文化研究の挑戦
編集者:中央大学人文科学研究所
出版社:中央大学出版部
以下のオンライン書店でご購入できます
「英国ミドルブラウ文化研究の挑戦 」出版社のホームページはこちら
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