2018年回顧 外国文学 中国 国家と対峙しても揺るがぬ詩の言葉/政治を相対化する文学の言葉|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年12月22日 / 新聞掲載日:2018年12月21日(第3270号)

2018年回顧 外国文学 中国
国家と対峙しても揺るがぬ詩の言葉/政治を相対化する文学の言葉

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 十一月に亡くなった香港の武侠小説家金庸の作品は映画やドラマになり、ゲームにまで商品化されて産業コンテンツとして大きな市場価値をもっている。その武侠小説に社会性を読み取る視点が文革後の中国国内ではかなり共有化されていた。金庸は確かに政治評論家としての顔もあったが、大衆文学にはエンターテインメントとして多くの読者を獲得するために読者の生きている時代を取り込む必要があり、また時代の文脈で読まれるのも自然である。日本で中里介山『大菩薩峠』に時代性や思想性を見る読み方があるのに似ている。アメリカの華人作家ケン・リュウは現代中国SFアンソロジー『折りたたみ北京』(中原尚哉他訳、早川書房)序文で西側社会の地政学的な読み方を偏見として批判するが、そもそも文学においてエンターテインメントにどう社会性を読むかは読者の自由である。

ところが現実の中国社会の閉塞状況は、権力者の愚かさを笑うエンターテインメントが成立するレベルではない。格差社会でポピュリズムが席巻し、抑圧的な言論空間で作家が社会と向き合う状況は日本と似ているが、大国だけに問題の深刻度も増している。獄に囚われて亡くなった二〇一〇年ノーベル平和賞作家劉暁波の『独り大海原に向かって』及びその妻劉霞の『毒薬』(ともに劉燕子・田島安江訳編、書肆侃侃房)は、国家と対峙しても揺るがない詩の言葉が放つ凛とした響きに満ちている。

だが別の形で政治を相対化する文学の言葉を発し続ける作家もいる。二〇〇〇年ノーベル賞作家高行健や現在の中国で最も自立的な文学創作を堅持する余華と閻連科が、大江健三郎、中島京子、リービ英雄と行った対談や講演録を収録した『作家たちの愚かしくも愛すべき中国』(飯塚容訳、中央公論新社)は、政治から自立していると同時に社会を批評する文学の言葉の可能性を感じさせてくれる。「創作には障害が必要である」と語る余華の逆説めいた言葉は含蓄に富む。

一方台湾文学では近年一九七〇年代生まれの作家の活躍が目立つが、今年はその充実した創作の翻訳が多い。王聡威『ここにいる』(倉本知明訳、白水社)は大阪で起きた母子餓死事件に触発されて、舞台を台北に置き換え、都市における孤独死という現代社会の闇に光を当てた小説である。甘耀明『冬将軍が来た夏』(白水紀子訳、白水社)は、トランクに身を屈めて入って主人公に会いに来た祖母が、孫娘のレイプ・シーンに遭遇するという衝撃的かつ奇妙なエピソードを始めとして、レイプ裁判で証言しようとする祖母のレズビアン志向まで明かされて、幾層にもわたってマイノリティとして生きる女たちの連帯と癒しが描かれる。

呉明益『自転車泥棒』(天野健太郎訳、文藝春秋)は、自転車盗難から父親の失踪まで、或いは過去の戦争から遠くミャンマーまで、更に身近な商品からゾウのような動物までディレッタント的な描写とともに物語が飛翔する。ただしその背景に日本による植民地統治の歴史がしっかり塗色されている。郭強生『惑郷の人』(西村正男訳、あるむ)は映画をめぐる小説だが、時間軸が戦争期から二十一世紀まで伸び、また舞台が台湾、日本、アメリカまで広がるグローバルな空間軸を持っている点が、他の台湾作家にも共通している。

詩ではインターネット世代のLGBTI意識に満ちた鯨向海『Aな夢』があり、またエスニシティに注目すれば、李喬の小説や利玉芳の詩を含めた客家文学シリーズが翻訳刊行されている。
この記事の中でご紹介した本
折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー/早川書房
折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー
著 者:ケン・リュウ
翻訳者:中原 尚哉
出版社:早川書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー」出版社のホームページはこちら
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