2018年回顧 外国文学 ロシア 過去や現代を範例的にではなく、 具体的・実感的に捉える|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年12月22日 / 新聞掲載日:2018年12月21日(第3270号)

2018年回顧 外国文学 ロシア
過去や現代を範例的にではなく、 具体的・実感的に捉える

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ロシア革命百周年だった昨年に引き続き、革命やソ連を再考するきっかけとして、まずミハイル・プリーシヴィン『プリーシヴィンの日記1914―1917』(成文社)を挙げておきたい。第一次大戦からボリシェヴィキの政権奪取までの見聞と思考の記録だが、「ロシアの自然の歌い手」として知られたこの作家の、叙情的なだけではない生々しさがうかがえる点でも興味深い。なお編訳者、太田正一氏は、長年に渡ってプリーシヴィンを翻訳・紹介されてきた方だが、この三月に逝去された。

ミシェル・オクチュリエ『社会主義リアリズム』(矢野卓訳、白水社)は、起源から成立、衰退までをコンパクトに網羅した、ソ連の公式な美的規範のいわば評伝。中村・大平陽一編『自叙の迷宮―近代ロシア文化における自伝的言説』(水声社)は、主に二〇世紀前半の亡命者や詩人、ショスタコーヴィチら作曲家等の手による虚偽綯い交ぜの自伝や回想を考察した論集。

現代文学では、ウラジオストク在住の作家ワシーリイ・アフチェンコが、ロシア極東部を席巻した日本の中古車への愛着を通して、ソ連崩壊後、混乱と欲望と未来への期待とで混沌としていた一九九〇年代の世相を活写した『右ハンドル』(群像社)が、抜群に面白い。河尾基の日本語訳も題材によく適している。奇想の作家ヴィクトル・ペレーヴィン『iPhuck 10』(東海晃久訳、河出書房新社)は、探偵と作家を兼ねるアルゴリズムと女性ディーラーとの駆け引きという設定よりも、その枠内で次々と繰り出される衒学的、哲学的な省察にこそ核心がある。ロシアの日本文学翻訳者ガリーナ・ドゥトキナの『夜明けか黄昏か―ポスト・ソビエトのロシア文学について』(荒井雅子訳、群像社)は、現代ロシア文学の実感的な概説。
『処刑への誘い/戯曲 事件 ワルツの発明』(小西昌隆・毛利公美・沼野充義訳)は、本邦初訳の戯曲二編を含む「新潮社ナボコフ・コレクション」の一冊。ロシア語時代のナボコフの「言葉の魔術」を巧みに置換した日本語訳は読み応えがある。英語からの『淡い焔』(森慎一郎訳、作品社)等と合わせて、二言語で書いたこの越境的な作家の新訳が相次いでいることは、『シェフチェンコ詩集 コブザール』(藤井悦子編訳、群像社)による十九世紀ロシア帝国のウクライナ語詩人の紹介などと併せて、喜ばしいことだ。シェフチェンコの詩は、特に晩年の諸篇が哀切で胸に迫る。

十九世紀ロシア文学関係では、五歳年下の弟ミハイル・チェーホフの回想記『わが兄 チェーホフ』(宮島綾子訳、東洋書店新社)が、移りゆく時代を背景に、一家の変遷や作家の交友関係を生き生きと描き出して、読み物としても面白い。ナターリヤ・トルスタヤ編・絵『トルストイの肖像画』(ふみ子・デイヴィス訳、未知谷)は、子孫による挿絵付きの文豪の箴言集。糸川紘一『チェーホフとサハリン島―反骨ロシア文人の系譜』(水声社)は、流刑をも含む「移動」という観点から、デカブリスト、ドストエフスキー、チェーホフらを比較的に考察した論集。

今年のロシア文学を顧みて痛感させられたのは、創作であれ、評論や研究書であれ、過去や現代を範例的にではなく、具体的・実感的に捉えようとする顕著な傾向である。民俗学や文献学の立場からロシア人の季節感を綴った、ロシア・フォークロアの会なろうど編著『ロシアの歳時記』(東洋書店新社)は、そのような読みのための良き一助となるだろう。
この記事の中でご紹介した本
プリーシヴィンの日記 1914-1917/成文社
プリーシヴィンの日記 1914-1917
著 者:ミハイル プリー シヴァン
翻訳者:太田 正一
出版社:成文社
以下のオンライン書店でご購入できます
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