【横尾 忠則】一筆入れた途端、難問氷解。絵画と画家の関係の神秘|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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日常の向こう側ぼくの内側
更新日:2018年12月25日 / 新聞掲載日:2018年12月21日(第3270号)

一筆入れた途端、難問氷解。絵画と画家の関係の神秘

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柴田錬三郎肖像 1973年作
2018.12.10
 BSフジ「サンデースペシャル」で柴田錬三郎特集に出演。柴錬さんとは70年の一年間、時代小説の挿絵を描くために高輪プリンスホテルにカンヅメ。その頃の二人の生活と仕事について語らされる。柴錬さんの戦地での戦争体験、バシー海峡で輸送船がアメリカ軍の魚雷を受けて沈没。海にほうり出されて、仲間と板切れにしがみついて漂流。歌など歌って元気な奴ほど次々と溺死していった話。自分はリラダンの詩によって救われたとか、文壇ではY・Iはいつも旗を振って先頭を走りたがるとか、つき合っていた女が自殺しやがった話とか、ゴルフで性格がモロでるS・Iはいつもスコアをごまかすとか、そんな柴錬さんの一代記を実に饒舌に語りべのごとく、一年間で交した会話の時間は40年間(当時)連れ添っているカミさんより多く、言葉をつないでいくと月まで届くだろう、と千分の一位の話しかできなかったが、あのへの字に結んだ柴錬さんの口を開かせることに成功した。今思えば全部テープに取っておいたら、全10巻以上の伝記大全ができたのに残念。

2018.12.11
 〈人工頭脳ヲ持ツ小サイ女ノロボツトガ我家ニヤツテキタ。トコロガ、コノ小サイ女ニ人間ノ尊厳ガカキ廻サレテ破滅寸前ノ事態ニ陥ル!〉目が覚めても夢と現実の境界の区別が無くなっている。

神戸から平林さん来訪。彼女はいつも水道筋の商店街で大量の蜜柑を買って持って来てくれて、次々回展「人食いザメと金髪美女―笑う横尾忠則」展の打合せ。ぼくの笑える作品ばかりを集めて、笑う展覧会を計画中。デュシャンはシュルレアリスムには笑いがないと批判したが、その点ぼくには笑わせる自信がある。

2018.12.12
 イッセイミヤケの宮前さんが来秋冬のパリコレの招待状のデザインの打合せに。もう40年近くこの仕事を続けているが、そのうち展覧会の計画が進行中。宮前さんは若いデザイナーだけれど布地の素材をごく日常のさりげない物から発見して、とんでもない物を発明する。

2018.12.13
 右足の中指と薬指がくっついて、チクチク痛むので歩行困難。接触個所にバンドエイドを挟んでなんとか応急処置をする。

ロスアンジェルスのブラム&ポーで日本の現代美術展〝parergon Art from Atter 1979〟が来年開催されるので出品要請のためキュレイターのミカ・ヨシタケさんが来訪。まだ海外では一度も発表していないキャンバスONキャンバスのクロスハッティングの作品3点が選出されている。

2018.12.14
 〈ピカソノ本ノ書評ヲ書クタメニ、何故カ岡山ニ行キタイト思ウ。旅行ノ好キナMサンヲ誘ツテ岡山ヘ。ホテルニ宿マロウトシタラ彼ハスポンサーヲ探シテホテル代ヲ払ワセタイトイイナガラ心当リノスポンサーニ電話ヲシテイル。ナンテ面倒臭イコトヲスルノダロウト思ウ。「亀倉サンナラ電話一本入レルト、スポンサーハ簡単ニヤツテクレルヨ」ト言ウ。ソコヘ、訳ノ分ラナイ女ガ現ワレテMサンニ棒ヲ振リカザシテ追ツカケル〉

豊島横尾館で撮った今井さんが写真を持参。塚田さん、岩本さんも同席して、写真集の編集など検討する。

インフルエンザ予防接種を水野クリニックへ。なんと待合室には30人ばかりの患者さんが。ぼくより若いと思われる老人が、席を立ち上ってぼくに譲ろうとしてくれる。82歳のぼくは確かに、30人の患者さんの中では最年長者だと思うけれど、まさか譲られるとは思わなかったが、行くなりすぐ呼ばれて予防接種を打ってもらう。優遇されたわけではなく接種の患者は優先されるらしい。

チューリッヒ造形美術館が所蔵している「腰巻お仙」のポスターの複製を作りたいので、その許可をと言ってくる。

熊本現代美術館で村上隆のコレクション展が開催されるが、そこにぼくの寺内貫太郎に扮した小林亜星さんの肖像画が出品されると言ってきたが、この作品は贋作だということが分った。従って展示はされない。本物は神戸の横尾美術館所蔵。村上さんが偽物を買わされたらしい。

中国の雑誌に掲載される作品を選択して送る。

2018.12.15
 腰が重くて、なかなか手につかなかったが、やっと重い腰を上げて100号に取りかかる。一筆入れると「何んだ、やれるじゃない」という感触を得て、どんどん描けちゃう。これって一体どういうこと? 自分で自分のことが理解できない。この最初の一筆まで一ヶ月も二ヶ月もかかった。それが一筆入れた途端、難問が一気に氷解したように描ける。絵画と画家の関係は、ぼくだけの問題かも知れないが実に神秘的というしかない。さあ、このままイケイケドンドンだ。

2018.12.16
 昨日の続きを描く。とにかく何んでもいい、色を塗りったくる。その内好みの色になってくる。どうしたいかということは考えない。どうなるんだろう、というなりゆきに期待するだけだ。これが絵画の自由だ。(よこお・ただのり=美術家)
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