煙が目にしみる 火葬場が教えてくれたこと 書評|ケイトリン・ドーティ(国書刊行会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年11月11日 / 新聞掲載日:2016年11月11日(第3164号)

煙が目にしみる 火葬場が教えてくれたこと 書評
歩み寄ってこそ死を受け入れられるのではないか その問いかけは洋の東西を問わず重い

煙が目にしみる 火葬場が教えてくれたこと
出版社:国書刊行会
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シカゴ大学で中世史を学んだ著者・ケイトリンが新卒で約一年間勤めたサンフランシスコの葬儀社での仕事ぶりと思いを記した回想録だ。

それにしても、だ。アメリカの葬送は多様なんだろうが、彼女が働いたのは「1000ドル未満で遺体を灰に変える直葬」を扱い、「時代の最先端をゆく」サンフランシスコの葬儀社で、火葬炉を二つ持っている。この葬儀社を取り巻く有り様に、まず驚いた。

火葬の通販が行われているのだ。遺族は、衣服や本を買うのと同じようにネットで火葬を申し込み、クレジットカードで支払う。誰とも言葉を交わさないまま手続きが完了する。
彼女らの仕事は、病院に遺体を引き取りに行くことから始まるが、病院に遺族がいることはない。遺体を葬儀社に持ち帰り、保冷庫で保管して火葬した上、遺骨を粉骨機にかけて灰にする。そして骨壷に入れる。厳重に梱包して遺族に郵送し、完了する。
遺族はよほどの場合を除いて遺体と共に過ごす時間をもたないのだ。日本の葬送を取材したことのある評者の知る限り日本の直葬は、病院と火葬場に遺族が来る。火葬に立ち会い、ここまで放っておかない。しかし、日本でも近い将来、こういった形態の葬送が有り得るようになると思えなくもない。

彼女の職域はつまり人目につかないわけだが、先輩に教わりながら、遺体を「ただの痛んだ肉の塊」と自分に言い聞かせつつも敬意を払って運んだり、火葬中に遺体の焼け具合を息を呑んで確認したりの仕事を粛々と行うようになっていく。やがて、帽子が一つ床に落ちただけで笑い出したり、美しい夕焼けを見て涙を流してしまうといった「自分の内側にひそんでいた感情が自然とあふれるようになった」というが、読者もまた同様の感情に襲われるほど、読ませる。
それほど過酷なこの仕事を彼女が望んだのはなぜか。八歳の時、同世代の子が高所から転落死するのを目撃したのを発端に「死」への恐怖が巣食っていた。死の現場に自ら身を置くことによって、恐怖を乗り越えたかったからだ。

印象的なシーンがある。
三〇歳の息子の遺体を火葬するための手配にやってきた母親と言葉を交わすシーンだ。清算の時、母親は最初に差し出したクレジットカードを引っ込めて別のカードを出し直し「こっちのカードを使ってくださる?飛行機のマイルがたまるから。マーク(息子)にはせめてマイルくらい稼いでもらわなくちゃ」と言う。
ドラッグ漬けの息子がお荷物だったにせよ、相当の悲しみを越えなければこうは言えまいと察したに違いない彼女が「せっかくなら、どこか南の島がいいですね」とさらりと応える。
私には、彼女自身の「死」への恐怖に反撃する言葉に思えてならなかった。

遺族がオプション料金を払って遺体との対面を希望するケースも登場する。遺体は死亡時から腐敗が進み、顔も醜くなる。彼女の勤める葬儀社では「対面時のお顔のお支度」というオプションの購入が対面の必須だ。遺体の顔を“自然な状態”に整えるため、遺体の髭を剃ったり瞼にアイキャップを挿入したり口の内側を縛ったり、懸命の作業をするのだが(それらの作業は日本でも全く同様である)、彼女はきっぱりとこう書く。「遺体を自然に見せようとする作業はおよそ“不自然”なものだ」。そして、アメリカで大多数(日本では二%)の遺体に行われるエンバーミングという遺体衛生保全術にも疑問を呈す。

死者の変化してゆく姿の真実を見ぬふりをするより、歩み寄ってこそ死を受け入れられるのではないか――。随所に出てくるそんな問いかけは、洋の東西を問わず重い。彼女は古代ローマの喜劇作家プブリリウス・シルスの言葉「人は死の前に平等である」もひく。死そのものから逃げることができない現実を、現場から考察したのだ。(池田真紀子訳)
この記事の中でご紹介した本
煙が目にしみる 火葬場が教えてくれたこと/国書刊行会
煙が目にしみる 火葬場が教えてくれたこと
著 者:ケイトリン・ドーティ
出版社:国書刊行会
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