2018年回顧 俳句 俳人兜太の浸透度 俳人の客観的評価は年月かけて定まるもの|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年12月22日 / 新聞掲載日:2018年12月21日(第3270号)

2018年回顧 俳句
俳人兜太の浸透度
俳人の客観的評価は年月かけて定まるもの

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二月二十日、金子兜太が九十八歳で急逝した。くしくも五日後、兜太揮毫の「俳句弾圧不忘の碑」除幕式が行われた。そして九月、雑誌「兜太 TOTA」(藤原書店)が創刊、記念としてシンポジウムも催された。これらには俳壇をこえた多くの著名人が関わっており、俳人兜太の浸透度が知れた。さらに十一月には「兜太と未来俳句のための研究フォーラム」なる催しがあった。これには若手俳人も関わり、一過性ではない影響度がうかがえた。がしかし、一人の俳人の客観的評価は年月をかけて定まるもので、兜太とてその例外ではないであろう。

たとえば十月刊『今井杏太郎全句集』(KADOKAWA)は、没後六年を経て編まれた待望の一書である。既刊五句集に拾遺作品を加えた全一七六七句のほか、主要俳論・随筆・自註を収録。加えて略年譜・解説・季語索引・栞文まである。すでに人気の高い杏太郎作品だが、客観的評価においては漸く緒に就いたといっていい。仮に〈「二句一章」を意識した作句の要諦〉と題された俳論を一読してみても、蛇笏作〈たましひのたとへば秋の蛍かな〉についての杏太郎らしい解にうならされる。つまり「秋の蛍」と「たましひ」という衝撃的な取り合わせは敢えて一句一章のように仕立てられている、というのだ。二者択一を避けたしなやかな俳句観である。このような俳句観が、髙柳克弘の栞文にあるように〈一句の途中で切れが入るのを良しとしない〉〈つなげながら切る〉という独自の俳風を杏太郎になさしめた、と客観視することも不可能ではないだろう。

またすでに全句集のある物故俳人の顕彰としては、八月刊『田中裕明の思い出』四ッ谷龍(ふらんす堂)をあげたい。裕明との交友やその句評を書きつづけて三十年――没後にして十四年を経ての客観的成果である。貴重だ。

以下、管見の俳書から。
『毎日が辞世の句』坂口昌弘(東京四季出版)、『一茶を読む やけ土の浄土』松林尚志(鳥影社)、『虚子は戦後俳句をどう読んだか』筑紫磐井(深夜叢書社)、『俳句の不思議、楽しさ、面白さ』武馬久仁裕(黎明書房)、『俳句の水脈を求めて』角谷昌子(KADOKAWA)、『語り継ぐいのちの俳句』高野ムツオ(朔出版)。

以下、管見の句集から。
〈鴨泳ぐ少し後ろに脚付けて〉西村麒麟(『鴨』文學の森)、〈鬼貫の墓をさがせば時雨れけり〉伊藤眠(『水の音楽』文學の森)、〈激してる人を横切る寒雀〉狩野康子(『原始楽器』文學の森)、〈囀れる落人村は坂ばかり〉堀越胡流(『白髪』現代俳句協会)、〈松島にかけてただ酔ふ浦霞〉高橋龍(『上屋敷』高橋人形舎)、〈赤剝けの鳩なりしもの露滂沱〉井口時男(『をどり字』深夜叢書社)、〈朝曇河童ミイラの尖りをり〉辻村麻乃(『るん』俳句アトラス)、〈木を叩くことも朧の影の内〉岡田一実(『記憶における沼とその他の在処』青磁社)、〈蠅つるむホルスタインの鼻の先〉永瀬十悟(『三日月湖』コールサック社)、〈ライオンが寝てゐるだけの時雨かな〉川名将義(『回帰』ふらんす堂)、〈山眠る頭上の青空と暮らす〉佐藤清美(『宙ノ音』六花書林)、〈神鳴がつながりだして赤子笑ふ〉佐怒賀正美(『無二』ふらんす堂)、〈木偶の子の鼻削りをる聖夜かな〉佐藤りえ(『景色』六花書林)。また多行作品としては上田玄『暗夜口碑』(鬣の会)、中里夏彦『無帽の帰還』(鬣の会)等があった。
この記事の中でご紹介した本
雑誌『兜太 TOTA』第1号 〔特集・存在者 金子兜太〕/藤原書店
雑誌『兜太 TOTA』第1号 〔特集・存在者 金子兜太〕
編集者:黒田 杏子、筑紫 磐井
出版社:藤原書店
以下のオンライン書店でご購入できます
「雑誌『兜太 TOTA』第1号 〔特集・存在者 金子兜太〕」出版社のホームページはこちら
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