2018年回顧 女性学 「慰安婦」問題への眼差しの変化 10年以上の議論の蓄積を振り返った感|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年12月22日 / 新聞掲載日:2018年12月21日(第3270号)

2018年回顧 女性学
「慰安婦」問題への眼差しの変化
10年以上の議論の蓄積を振り返った感

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 恒例の年末の回顧である。むしろこの10年以上の議論の蓄積を振り返った感があるのが、上野千鶴子・蘭信三・平井和子編の『戦争と性暴力の比較史へ向けて』(岩波書店)である。1991年に元「慰安婦」だった金学順さんの名乗りと日本政府に対する損害賠償請求裁判によって、以前から知られてはいたが問題とはされてこなかった「慰安婦」が「問題」として可視化された。この「慰安婦」問題は、民族問題と女性問題との狭間で、現実にも、そしてアカデミアにおいても論争の種であり続けてきた。この本は、その歴史を踏まえた集大成ともいえる本である。

上野千鶴子は、リズ・ケリーにならって戦時下における「性暴力連続体」がどのようなものであり得るかという問題提起をおこなう。比較史という手法が、それぞれの事象の個別性を失わせず、かといって普遍性にも回収されず、各々の論者が議論を展開した結果、まとまりをもって論じられている。個人的には、山下英愛による「韓国の『慰安婦』証言聞き取り作業の歴史」が特に興味深かった。6回にわたる元「慰安婦」の証言を聞くプロジェクトの際の、関心、手法、叙述のありかたは、変遷を遂げている。一人称による書き言葉で構成された「強制的に連行された朝鮮人慰安婦たち」(第一集タイトル)は、話し言葉を尊重し、文脈を作り変えず、尋ねるのではなく「聞き」、「証言」から「物語」へと構成を変えていくことによって、「歴史を作る物語――日本軍〝慰安婦〟女性たちの経験と記憶」(第六集タイトル)へと変化する。韓国の「慰安婦」問題への眼差しの変化である。

ナショナリズムはどのように性暴力に作用したのか。マスターナラティヴはどのように作られ、どのような効果をもたらしたのか。「被害者」として認められる者とそうでない者はどのような線引きによるのか。「慰安婦」、戦後の占領、満州引揚、ナチスドイツの強制収容所内売春施設、さまざまな「性暴力」は何が同じで何が違うのか。「強制」とは、主体の「自発性」とは、何を意味するのか。いろいろと考えさせられる本であった。

SWASH編の『セックスワーク・スタディーズ』(日本評論社)は、セックスワーカーの当事者を含むひとたちによる一冊である。「セックスワーカー」という言葉はどのような地平を切り拓いたのか。実際のセックスワーカーが置かれた場所や、そこで抱え込まされる困難は何から来るのか。げいまきまきさんの「当事者とどう向きあうか―セックスワーカーと表現」の「批判や抗議は、攻撃ではなく『ツッコミ』です」というフレーズに膝を打つ思いだった。

酒井順子『百年の女―『婦人公論』が見た大正、昭和、平成』(中央公論新社)は、1916年から現代にまで続く『婦人公論』の分析である。結果として、芸能や社会風俗に着目した「女の歴史」の軽快な概説書となっている。

アン・ファウスト‐スターリング『セックス/ジェンダー 性分化をとらえ直す』(福富護ほか訳、世織書房)は、今年一番印象に残った翻訳書である。脳やホルモン、さまざまな男女の身体的差異に着目して、社会的処遇の差別が正当化されてきたが、そもそも本質的に備わった身体的差異は存在するのだろうか。実に鮮やかな手つきで、生物学者ファウスト‐スターリングは生物学的な差異を検討し、結果として解体していく。わかりやすく書かれた一般書である。

レベッカ・ソルニット『説教したがる男たち』(左右社)は、近年流行っている「マンスプレイニング」(男であるマンと説明するというエクスプレインを合成させた用語)についての本。この言葉を作り出したのは、ソルニットでないそうであるが。性暴力に関しては、東大の強制わいせつ事件を題材とした小説、姫野カオルコ『彼女は頭が悪いから』(文藝春秋)、小川たまか『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を。』(タバブックス)などのエッセイ集も、心に残った。
この記事の中でご紹介した本
戦争と性暴力の比較史へ向けて/岩波書店
戦争と性暴力の比較史へ向けて
著 者:上野 千鶴子
翻訳者:平井 和子
編集者:蘭 信三
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
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