THE LAST GIRL イスラム国に囚われ、闘い続ける女性の物語 書評|ナディア ムラド(東洋館出版社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年12月29日 / 新聞掲載日:2019年1月4日(第3271号)

ナディアの思いに応える道
違う考えの人たちを理解する努力を重ねていかなければならない

THE LAST GIRL イスラム国に囚われ、闘い続ける女性の物語
著 者:ナディア ムラド、ジェナ クラジェスキ
翻訳者:吉井 智津
出版社:東洋館出版社
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ヤズィディ教という宗教をご存じだろうか。イラク北部の山岳地帯で信仰されている民族宗教だ。一神教でカーストのような階級制度があり、ヤズィディ教の両親から生まれた者だけが信者として認められる。教義は口伝で、輪廻転生を信じ、神の化身として創造された大天使タウセ・メレクがクジャクの姿になって地上に現れてアダムに挑み、アダムが楽園から追放されたあとに、次の世代となるヤズィディ教徒がこの世に誕生した、とする宗教である。イラクがイスラム教の国であることは誰もが知るところだが、このクジャク天使がコーランに出てくるイブリスという悪魔の姿に似ていることや、アダムに挑んだ(つまり神にたてついた)ことを理由に、ヤズィディ教徒はムスリムたちから「悪魔崇拝者」と呼ばれ、しばしば迫害の対象とされてきた。

著者であるナディア・ムラドは、ヤズィディ教徒として、イラク北部のコーチョという小さな村で、貧しい中でも家族と平和な暮らしを営んでいた。しかし、二〇一四年、いわゆるイスラム国(ISIS)の台頭により、コーチョにまでその襲撃の波が押し寄せた。大量虐殺である。ナディアは兄弟六人と母親を殺され、自身もイスラム国に連れ去られ、レイプの対象として次から次へと売買されていった。本書は、ナディアの生い立ち、イスラム国に囚われの身となった日々、そしてそこから逃れて家族と再会し、難民キャンプでの生活を経て、人権活動家として奔走するようになるまでの経緯がナディア本人の口から克明に語られている。小さな村ののどかな環境の中で、農業を営む大家族のぬくもりを感じながら成長したナディアは、姪っ子たちとメイクをしたり髪を梳いたりすることが好きで、将来は美容サロンを開きたい、という夢を抱いていたごく普通の女性だ。彼女の思いは純粋でひたむきで、言葉の端々に敬虔なヤズィディ教徒として生きる姿が見てとれる。基本的に信者同士で結婚をし、結婚するまでは男性と関係をもつことを許されないヤズィディ教徒の女性が次々と売買されてレイプを受けることは、何重にも彼女たちを苦しめることになることをイスラム国のメンバーたちは知っている。大量虐殺だけでなく、そうした卑劣な手段を使って、ヤズィディ教を滅亡させようというのだ。何の罪もない人たちに、どうしてそんなことができるのだろうか。

そんな苛酷な状況に追いやられても、ナディアは、大好きだった母が、娘が生きることを心から願っていたことを思い出し、死を選ぶことができなかったと語る。なけなしのお金で母が買ってくれたジュエリーを生理用ナプキンに隠して手放さなかったナディア。読み進めていけばいくほど、殺されてしまった母への思いが伝わってきて胸が苦しくなる。

思い出すだけでも地獄であろうナディアの記憶は、中東情勢や紛争地域をより具体的に知る記録としても貴重なものだ。アメリカのイラク侵攻とフセイン政権の崩壊、シーア派、スンニ派の対立やクルド人自治区の治安部隊ペシュメルガの実態、イスラム国の統治下で暮らす人々の様子などを、正直に淡々と伝えるナディアの話は、彼女自身が言うように「テロリストに対して私が持っている最良の武器」であることに間違いない。二〇一八年ノーベル平和賞を受賞した彼女は、イスラム国のテロリストたちが法の裁きを受けるまでこの武器を使い続けると決意を語る。現在、安全が確保されたドイツで暮らす彼女の「イラクに残る人たちをうらやましく感じ、イラクが恋しくてたまらない」という故郷への思いは、紛争から逃れて他国で難民として暮らす人々の母国への思いそのものだ。社会の分断が進み、世界全体の寛容性が失われている現在だからこそ、真実に多様性を認め合い、対話をする機会をもち、違う考えの人たちを理解する努力を重ねていかねばならない。それが、「私がLAST GIRLであってほしい」と願うナディアの思いに応えることができる道なのだ。
この記事の中でご紹介した本
THE LAST GIRL イスラム国に囚われ、闘い続ける女性の物語/東洋館出版社
THE LAST GIRL イスラム国に囚われ、闘い続ける女性の物語
著 者:ナディア ムラド、ジェナ クラジェスキ
翻訳者:吉井 智津
出版社:東洋館出版社
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