ホワイト・トラッシュ アメリカ低層白人の四百年史 書評|ナンシー アイゼンバーグ(東洋書林)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年12月29日 / 新聞掲載日:2019年1月4日(第3271号)

トランプ現象予言の書
落ちこぼれの「くず」たちの「もう一つのアメリカ史」

ホワイト・トラッシュ アメリカ低層白人の四百年史
著 者:ナンシー アイゼンバーグ
翻訳者:渡辺 将人
出版社:東洋書林
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今でも強烈に覚えているシーンがある。

アメリカの大学院で学んでいた際、指導教授の学部生向けの授業にもぐりこんだ時の話だ。

アメリカの有権者の投票傾向について、教授が次のような質問を発した。

「共和党の支持層と民主党の支持層はかなり固定化しているが、それではどちらの党でもない第三政党や無党派に投票する人はどんな人だろうか」――。

「ホワイト・トラッシュ‼」

即座に白人の男の学生がふざけて答え、教室ではどっと笑いが起こった。

あえて周りを見回すと私以外はすべて白人だった。私立の裕福なエリート大学で、奨学金で入った私以外はいかにも良家の子女ばかりだった。

このとき「白人のくず」というこの言葉の意味が皮膚感覚的に分かった気がした。

「無学」「変わり者」「田舎者」「貧乏」「差別主義者」などのニュアンス。太っていたり、汚い身なり、さらにはマナーがなっていないというかっこ悪さ。さらには「白人なら、もっとしっかりとしているべきなのに」という同じ白人からの蔑みの言葉でもある。

差別意識にあふれている言葉だ。「白人でもない」アジアからの留学生にとっては、笑いの輪に入れなかったのはいうまでもない。

日本人の読者にとっては、本書の「はじめに」に登場するグレゴリー・ペック主演の名画『アラバマ物語』に登場するユーエル親子がピンとくるかもしれない。貧しい白人で、無実の罪で黒人を貶めようとする実に憎らしい存在だ。黒人を助ける弁護士役のペックとその娘の「正しい白人親子」とは対照的に描かれている。

本書が目指しているのは、この落ちこぼれの「くず」たちの「もう一つのアメリカ史」を読み直そうという試みである。アメリカ建国から現在に至るまでの歴史を振り返りながら、淡々とリズミカルにその時代の「ホワイト・トラッシュ」的な要素を明らかにしていく。

著者ナンシー・アイゼンバーグは、「ホワイト・トラッシュ」の総本山ともいえるルイジアナ州で歴史学を教えている。アメリカの歴史学者の著作の多くは読みやすく流れがある。「ヒストリー」は人々の「ストーリー」だ。この本も「ホワイト・トラッシュ」的な人物がいかに「ホワイト・トラッシュ的」であるか、一気に読ませていく。

特筆したいのは、アメリカの読者には自明のことだが、日本の読者にはわかりにくい「ピルグリム(21頁)」「リコンストラクション(232頁)」「カーペットバガー(241頁)」「フーバーヴィル(274頁)」「ガッチャ・ジャーナリズム(390頁)」などのアメリカの歴史や社会の用語や事項について、原註(こちらも詳細)にはない脚注で示されている点である。脚注を読んでいるだけで楽しい。アメリカに精通している北大准教授の渡辺将人氏が監訳者としてかかわり、様々な工夫がなされた結果であろう。

この本にはもう一つのアメリカがある。異端ではあるが、無名の人物を論じるわけではない。ジェファソン、ジャクソン、リンカンから始まり、現代ではジョンソンやクリントンまで、アメリカ史ではおなじみの人物たちの「ホワイト・トラッシュ的」な要素が論じられていく。

「ホワイト・トラッシュ」の舞台は、どちらかいえば南部から中西部である。つまり、南北戦争の負け組である。その敗者から皮肉を込めて勝者たちを眺めていく視点も欠かさない。

主流のアメリカの歴史家や政治思想家は「アメリカには階級はない」と論じてきたが、アイゼンバーグは、意図的に「階級」という刺激的な言葉を使い、「ホワイトトラッシュ」側から見た世界観を描き出す。

いまのアメリカのホワイト・トラッシュ的な要素を代弁する人物である2008年大統領選での共和党副大統領候補サラ・ペイリンの描写には特に力が入っている。ペイリンは、アラスカという田舎中の田舎の出身で、国際情勢が分かっておらず、知性にもモラルにも欠ける。極めて派手好きで目立ちたがり屋でもある。ペイリンを支持する層はさらに野卑だ。

アメリカの白人インテリにとっては最も自分と同一視されたくない白人がペイリンだろう。

原著の出版は2016年夏。そう、あのトランプが勝利した大統領選挙の渦中だ。それもあって、この本はトランプ現象そのものを扱ってはいないものの、トランプ支持層を読み解くためのヒントとしてアメリカでは広く読まれた経緯がある。その意味で本著はトランプ前にかかれた予言の書でもある。

ペイリン的な土壌に乗ったのが、ドナルド・トランプであるのはいうまでもない。トランプはおそらく選挙戦から現在に至るまで、自分の中のホワイト・トラッシュ的な要素をおそらく最大限に濃縮させ、支持固めを進めてきた。

敗者は勝者に、端役は主役になった。この世界をぶっ潰したい思いに駆られてこの本を読み進める人もいるかもしれない。見たくない現実として批判の対象として読む人もいるだろう。

著者の意図は何か。冒頭の学生たちのような「変な奴らを笑い飛ばそう」という皮肉ではない。一方で、貧しいものを救済しろといった道徳的な糾弾のドキュメンタリーでもない。階級を論じていても、社会主義的な経済闘争を論じているわけではない。異端をもう一つの視点で紹介することがポイントである。その意味では実にうまく成功している。ただ、異端の救済が論じられているわけではなく、そのゴールは見えにくい。

トランプ大統領やその政策が異端の救済なのか。その答えが分かるのはもう少し先だろう。
この記事の中でご紹介した本
ホワイト・トラッシュ アメリカ低層白人の四百年史 /東洋書林
ホワイト・トラッシュ アメリカ低層白人の四百年史
著 者:ナンシー アイゼンバーグ
翻訳者:渡辺 将人
出版社:東洋書林
以下のオンライン書店でご購入できます
「ホワイト・トラッシュ アメリカ低層白人の四百年史 」出版社のホームページはこちら
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