「現代能楽集」の挑戦 鍊肉工房1971-2017 書評|岡本 章(論創社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年12月29日 / 新聞掲載日:2019年1月4日(第3271号)

実験芸術の歴史的意義を 証言する貴重な論考集

「現代能楽集」の挑戦 鍊肉工房1971-2017
著 者:岡本 章
出版社:論創社
このエントリーをはてなブックマークに追加
日頃さまざまな劇場に足を運んでいると、「日本演劇」は実に多様であると同時に、ジャンルのあいだに隔壁があることに気づかされる。能・狂言の愛好者がヨーロッパのコンテンポラリーダンスやアヴァンギャルド演劇を積極的に見ることは少ないだろうし、現代演劇のファンには能や歌舞伎などの伝統芸能を因習的とみなして、敬遠する向きがある。

壁を乗り越えて、各ジャンルの特性を活かした競合作品を創造することは可能だろうか。アングラ演劇が盛んだった一九七〇年代初頭、この問いを立てて、四〇年にわたり実験的な舞台作品を手掛け続けたのが岡本章主宰の演劇集団・錬肉工房である。岡本の編著による本書には、同集団の活動の軌跡に関する本人と評論家の論考、さらには、各界を代表する演者や批評家らによるシンポジウムや講演、劇評などが収録されている。

六〇〇頁を超える本書の特徴を端的にまとめるのは難しいが、ここでは二点を特筆したい。一つは、錬肉工房が試みた「現代能楽集」の挑戦が現代日本演劇史上稀にみる演劇実験であり、その内実が評論や劇評を通じて確認できることである。現代能楽集は三島由紀夫の「近代能楽集」を踏まえて名付けられたが、三島の試みとは異なる身体演劇の実験である。それは能の作風や身振りを出発点としつつ、狂言、人形劇、現代演劇、舞踏、現代詩などの担い手を集めて、その競合から生まれる新しい何かを目指す試行錯誤の試みである。岡本は稽古の段階で各ジャンルの担い手に「ゼロ地点」に立ち戻ってもらい、不明な領域に身を置いてもらう。そこから手探りの共同作業で行われるワーク・イン・プログレスの状態を舞台創造に活かそうとする。各ジャンルの担い手は日頃の活動から一度離れて、身振り、踊り、語り、姿勢の一つ一つを問い直しつつ、そこから新たな身体表現の可能性を目指す。

このように多ジャンルの俳優の演技の組み合わせによって示される身振りと言葉は謎のように提示され、観客はその不可解さと格闘することが求められる。俳優も観客も自分の領域の自明性からゼロ地点に立ち戻り、そこから開かれる何かを創り上げることを数十年続けることは、日本の演劇界では不可能に等しい。この難業に挑戦した足跡が本書の随所に読み取れる。

二つ目は、多くの論考が言葉で捉えがたいものをどのように語れるかという難題に取り組み、そこから独自の言説が練り上げられていることである。錬肉工房の舞台作品における多義性や曖昧さの特色が「未分化」の状態や「分節言語の解体」などの観点から、あるいは「無」からの「生成」し「闇の中へ溶けていく」プロセスとして述べられる。言葉ではすくい切れない演劇的事象がどのようにすれば描写可能になるかという難問を前にして紡ぎ出される評論家の言葉には、言語の限界に挑戦するがゆえの緊張感が漂う。
同様のことは、岡本が対談した共演者たち(大野一雄、那珂太郎、観世榮夫、梅若玄祥など)の発言にも見受けられる。岡本の粘り強い問いかけに応じて、彼らは豊かな発想や比喩に満ちた言葉で語り、容易に説明できない能、舞踏、現代詩などの特色が鮮やかに浮かび上がる。

錬肉工房の活動は、戦後から一九七〇年代にかけて実験工房が現代芸術、観世寿夫が能、武智鉄二が歌舞伎、土方巽・大野一雄が現代舞踊において行った大胆な刷新の系譜に位置づけられるだろう。本書は、一演劇人、一劇団の活動では括り切れない実験芸術の歴史的意義を証言する貴重な論考集といえよう。
この記事の中でご紹介した本
「現代能楽集」の挑戦 鍊肉工房1971-2017/論創社
「現代能楽集」の挑戦 鍊肉工房1971-2017
著 者:岡本 章
出版社:論創社
以下のオンライン書店でご購入できます
「「現代能楽集」の挑戦 鍊肉工房1971-2017」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
平田 栄一朗 氏の関連記事
岡本 章 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
芸術・娯楽 > 演劇関連記事
演劇の関連記事をもっと見る >