精神医学と制度精神療法 書評|ジャン・ウリ(春秋社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年7月1日 / 新聞掲載日:2016年7月1日(第3146号)

精神医学と制度精神療法 書評
その時と場所に応じた理論と実践 監訳者とその周囲の持続や執念の産物

精神医学と制度精神療法
出版社:春秋社
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本書『精神医学と制度精神療法』は、日本では「精神分析家」のフェリックス・ガタリの「兄貴分」として知られるフランスの精神科医ジャン・ウリの一九五五年から一九七五年までの主な論文を纏めたものである。ウリは、ガタリとともに、ラ・ボルド病院を拠点として活動を続けていた。精神科医として実践を重ねながら、その時々に考察したことを理論として書き残したものが十数本、この本には収められている。
本書によって、「制度精神療法」という日本語を与えられた概念は、これまで幾つかの日本語訳で呼ばれてきたものなのだが、今回の呼び名が最もフィットしているような気がする。その定義づけも様々にできるだろう(私は、「何らかの枠組みの中で、ある文脈のもとに行われる精神療法」といった感じで把握している)が、「それ」は、実践とともに日常会話で使っているうちに何とか体得しうるというか、「腑に落ちる」といった類いの言葉であり、本書の監訳者解説で三脇康生が最近の発見として書いているように、「ごく普段の実践による精神療法」と理解しておくことが、ひとまず妥当であるかもしれない。
本書は、「それ」について書かれたものとして三脇が関わった書物としては、二〇〇〇年の『精神の管理社会をどう超えるか?―制度論的精神療法の現場から』や二〇〇八年の『医療環境を変える―「制度を使った精神療法」の実践と思想』に続くものであり、三脇とその周囲の持続や執念の産物として捉えられる。ウリに関しても、ラ・ボルド病院に腰を据え続けたことを、まずは認識するべきであろう。その病院の在りようについては、ニコラ・フィリベール監督の映画『すべての些細な事柄』や田村尚子の写真集『ソローニュの森』によって垣間見ることができる(そこでは演劇が重要性を持っていることや、医療サイドと患者サイドの区別が一見しただけではつき難いことなどが、よくわかる)。
制度精神療法において、医療スタッフや患者をひっくるめての「役割の交換」が重視されているようだし、精神科病院を劇場に喩えるといった医療モデルで考えてみたくもなる(本書第1章「おしゃべりマリオネット」をめぐる記述や、第14章「ナチスの親衛隊の将校を演じた患者」の挿話を参照されたい)が、精神科病院は、それ以前に「収容所」である。患者の自傷や他害をはじめとする「アクティング・アウト」への「警戒」が、消しようもなく、残るのだ。精神科病院が社会から隔離されていた(その点でも、「悪所」としての劇場と重なる)ことも故のないことではないのだが、そういう疎外に抗するにも、一定の人口に対し一つの病院を設置する「セクター制」といった制度が意味を持つ。
私の知る限り、いまの日本の精神医療の現場では、精神科クリニックは駅前ごとにあった方がいいとか、コンビニや薬局なみに散在するべきだといった会話が、日常的に行われている。本書でウリが、「台所」における実践を重視しているくだりを、そういう会話に登場させてもよいだろう。ウリが患者を「ユーザー」と呼んでいるのも、真似してみたい。
さらに私事を書く。資格を取って精神科病院で働き始めた頃には、いろんな病院を渡り歩いてなるべく多くの患者さんに接しようと考えていた私が、僅か四、五年とはいえ一つの病院で働き続けているのは、ウリとガタリが、「われわれはここ(ラ・ボルド病院)に居続けなければならない」といったことを言い交わしていたと知ったためである。
本書は四十年以上も前に書かれたものであるから、近年のフランスでの実践と理論について知りたいという読者もいるだろう。そういう人には、今年四月に日本語訳が出たパトリック・ルモアンヌ『教えてルモアンヌ先生、精神科医はいったい何の役に立つのですか?』を勧めたい。その本に、二〇一〇年五月にやっと「精神分析家」が正式に認可されたと書いてあるのだが、そういった制度の変化が、精神医療の現場(や「世界」)を、少しずつ変えていくのであろう。
この記事の中でご紹介した本
精神医学と制度精神療法/春秋社
精神医学と制度精神療法
著 者:ジャン・ウリ
出版社:春秋社
以下のオンライン書店でご購入できます
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