近代の超克 / 6359(冨山房)いま、「近代の超克」を考える われわれ日本人が将来に向かっていくために|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年1月3日 / 新聞掲載日:2019年1月4日(第3271号)

いま、「近代の超克」を考える
われわれ日本人が将来に向かっていくために

近代の超克
著 者:河上 徹太郎、竹内 好
出版社:冨山房
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「近代の超克」というタイトルに、読者は何を思うだろうか。

本書は、第二次世界大戦を間に挟み、大きく分けて二つのパートからなる。一つは「近代の超克」についての論文十一本と座談会。座談会は、河上徹太郎をコーディネーター役に、小林秀雄、西谷啓治、亀井勝一郎、諸井三郎、林房雄、鈴木成高、三好達治、菊池正士、津村秀夫、下村寅太郎、中村光夫、吉光義彦ら計十三名が出席した。雑誌「文学界」の一九四二年九月号と十月号に分裁されたものである。専攻分野もバラバラな知識人たちが集い、二日に亘って行われた座談会では、結局「近代の超克」とは何かは明らかにされず、それぞれが、それぞれの持論に戻ることとなった。
もう一つのパートは竹内好の、一九五九年十一月『近代日本思想史講座』第七巻のために書かれた論文である。前述の「近代の超克」座談会を中心に据えて、「近代の超克」という思想、またそれが提出している問題について、改めて考える場としている。

しかし、なぜ竹内は戦後になって「近代の超克」論議の復元作業に着手したのか。竹内は「「近代の超克」は、事件としては過ぎ去っている。しかし思想としては過ぎ去っていない」「われわれ日本人が将来に向って生きていくための目標づくりに欠くことのできない現状認識の重要な項目が、「近代の超克」を理性的に処理していないため、知的探求の対象になりにくいという困難がある」と言う。

ここで生じるのは、「近代の超克」は、我々の現代においても、いまなお完全に処理されることはなく、「亡霊のように」浮遊しているのではないか、という疑念だ。

そもそも、ここで指し示される「近代」とは何だろうか。本書冒頭におかれた「解題」において、松本健一氏はこうまとめる。「日本近代の行き詰りとは、明治維新以後、西欧近代に倣って急速におしすすめられてきたわが国の近代化(資本主義化・中央集権化・工業化・合理主義化・都市化などをふくむ)が、日露戦争集結ののち大正なかごろに至って、ほぼ限界に達し」た。「しかし、こういった状況に直面して、人びとが「古き、懐しい」故郷に帰ろうとおもったとき、故郷はすでにどこにもなかった」。そして「一切の物を喪失した」人々はデカダンスに走ったのだと。エロ・グロ・ナンセスの文化、政治に弓引く事件……。

そうした中、日本浪漫派の象徴的人物である保田与重郎は、「自己の頽廃あるいは滅亡の形式において、自己に体現される日本近代を批判しようとした」。しかしそれが虚妄であることに、保田は気づいていた。

昭和十六年十二月八日の大東亜戦争の開始は、「この戦争が理念において、西欧近代に対するアジア(日本)の解放を主張した」がために、「自己を頽廃あるいは滅亡におとしこむことなく、「近代の超克」を主張できた」。ここに至り、「近代の超克」は知識人のスローガンに転化しえた。そして、太平洋戦争の開始という「知的戦慄」が「近代の超克」という座談会を企画する直接の理由となる。

竹内論文中の三章、「「十二月八日」の意味」は、様々な文献から当時の知識人たちの言葉が拾い集められている。高揚、礼賛、意欲、恐れ、憂い……その個々の言動をそのまま、時代の空気も知らずに、戦争翼賛のファシズム的思想だなどと短絡的に断じることは、できない。

竹内がその座談会から、思想としての「近代の超克」を抽出しようとしたのは、「大東亜戦争を誤りだったと、たんに忘却の彼方へ押しやるのではなく、それを歴史になかに定位させねばならない」「大東亜戦争を必然たらしめた日本近代を歴史のなかに定位させねばならない」ということだった。


この本を開く読者は、本書を通じ、戦後、あるいは、大東亜戦争の開戦時、はたまた明治維新直後へ時を遡り、答えは求められぬながら「近代の超克」とは何だったのかを考えることになる。とはいえ、明治維新直後の混沌や、大東亜戦争が知識人たちに与えた「衝撃」と当時の空気、または敗戦を境に一八〇度転換した価値観と思想などを、実を伴なうものとして再構成した上で、「近代の超克」について考えるというのは、困難なことだ。であるとしても、その様々な違う視点に、身を置こうと試みることは、無駄ではないと思う。

二〇一八年は明治維新から一五〇年という年だった。そして今年、今上天皇が退位し、平成が終わりを迎える。米国との地位協定の問題や、中国、韓国、北朝鮮との関係性など、問題が燻っている日本の現状。それを直接ほどくことにはならずとも、かつての知識人たちの葛藤、高揚、焦燥に、ひととき思考を委ねてみるのも、必要なことなのではないだろうか。
この記事の中でご紹介した本
近代の超克/冨山房
近代の超克
著 者:河上 徹太郎、竹内 好
出版社:冨山房
以下のオンライン書店でご購入できます
「近代の超克」出版社のホームページはこちら
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