『ダンシング・マザー』(文藝春秋)刊行記念 内田春菊さんロングインタビュ― 母との訣別|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年1月11日 / 新聞掲載日:2019年1月11日(第3272号)

『ダンシング・マザー』(文藝春秋)刊行記念
内田春菊さんロングインタビュ― 母との訣別

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あのとき、母は何を考えていたのか――。内田春菊さんが小説『ダンシング・マザー』を刊行した。養父から性的虐待を受けた壮絶な過去を描いた『ファザーファッカー』(一九九三年、文藝春秋/九六年、文春文庫)の衝撃から二五年。四半世紀ぶりに同じテーマに向き合い、本作では娘を自分の男の魔手にゆだねる母親の視点から描く。本書の刊行を機に、内田春菊さんに『ダンシング・マザー』について、『ファザーファッカー』から本作までの経緯やこれまでの作品、現在の活動や今の生活のことも含めお話を伺った。(編集部)
第1回
母の視点から描き直す

内田 春菊さん
――このたびの新刊『ダンシング・マザー』は、二五年前の衝撃作『ファザーファッカー』と同じテーマに再び向き合い、娘の視点から描いた前作に対し、今度は母親の視点から描いた作品です。また、本書の刊行と同時に『ファザーファッカー』も新装版文庫が発売され同時に書店に並んでいます。『ファザーファッカー』を出されたときは七年かけて構想されたとのことですが、本作『ダンシング・マザー』の構想はいつ頃からあったのでしょうか、また執筆のきっかけはなんだったのでしょうか。
内田 
 書き出す前の構想から通算すると五、六年前からでしょうか。執筆自体は四年くらいかかっているような気がします。最初はある編集者の方から「毒母」で一冊と言われて書き始めたら、書きたいと思っていたんでしょうけれど、小説になっていったんです。その方はエッセイのようなものを考えていらしたようだったので、小説になっちゃったけどいい? と渡して、その方も「いいですね」と読んでくれていたのですが、途中で連絡が取れなくなってしまったんです。あるとき、そこで前にした仕事のことで「原稿料どうなったっけ、アレ?」とか聞いたら「調べときます」と言ったきり連絡がなくなったので、何かお困りなのかもと(苦笑)。それで、なんとなく自分で時間があるときにちょこちょこ書いていたのですが、一昨年、渋谷文化村のドゥマゴ文学賞の授賞式で文藝春秋の編集者の方にばったり会ってそのことを話したのがきっかけで、続きをお世話になることになりました。小説も一度は書き上げたんですけれど、「もう一息!」みたいなことがあって、そのときに言われたことがなるほどホントだわと納得できたので全部書き直したんです。実は、それからまた「もう一息!」が三回くらいあったのですが……。だから二度目の書き上げからの方がイメージとしては長く感じるんです。期間としては短いので本当はそんなことないんですけど。 
――内田さんは、二五歳で漫画家としてデビューされて、初小説『ファザーファッカー』を刊行されたのは内田さんが三三歳のとき、同時期に第一子の出産もされました。それから二五年、現在は四人の子どもの母となり、漫画、エッセイ、小説、脚本などの執筆活動だけでなく、女優、歌手など幅広い表現活動もなさっています。『ファザーファッカー』を今度は母親の視点で描き直してみようと思われたのはなぜなのでしょうか。
内田 
 自発的にというよりは、毒母もので一冊と言われたときに形になっていったと思います。小説をしばらく書いてないから書きたいという思いもあったので、書き出してからは母目線で書き直していますということは周囲に散々言っていたのですが、やはり小説というものは仕上げないと誰も本気にしてくれませんね、当たり前なんだけど。 
――連載だとまた違っていたのかもしれませんね。先程の書き直しのお話を伺うと、相当な根気と集中力で仕上げられたのではないかと思います。
内田 
 それは『ファザーファッカー』のときも一緒でよく仕上がったと思います。『ファザーファッカー』も最後の最後は、「私子ども産めちゃったし、もういいか」となりかけていたのを腰痛持ちの編集者の方が、「いかがですか〜」と腰が痛いのに来てくれて、挙げ句に出産後四ヶ月くらいのとき、二度目の夫がニューヨーク旅行を企画しちゃったんです。私は仕事で海外へ行ったことはあったけど遊びで飛行機に乗るのは初めてで、プライベートで海外に行く飛行機でもし何かあったら担当さんに申し訳ないと思って出発直前、「もうこれで勘弁してください!」と仕上げたんです。結局、ニューヨークからはつるっと帰ってきたんですけれど(笑)。ー』というタイトルは、実際にダンスが上手だった母ということもあると思いますが、本書を読んで、人生の舞台で踊り続ける女というような印象も持ちました。タイトルはどのように決められたのでしょうか。
内田 
 タイトルを決める編集会議で、最初に「新ファザーファッカー」という案が出たのですがそれはすぐに却下して、「踊る私」というタイトルを考えたんです。そこから、では『ダンシング・マザー』ではどうかという意見が出て、『ファザーファッカー』と字面も対になるということで全員一致でこのタイトルに決まりました。 
――近刊『がんまんが 私たちは大病している』『すとまんが がんまんが人工肛門編』(ぶんか社)でも、大腸がんが見つかってストーマをつけるようになったことを公表されていますが、執筆は闘病の期間にもかかっておられたのですか。大病を得たことで、この作品を書き上げる原動力にもなったのでしょうか。
内田 
 しょっぱなからだったらかかってるかもしれないですね。でも私の場合、闘病といっても仕事を休むことはなかったんです。場所が場所だったのでこうなりましたけど。
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この記事の中でご紹介した本
ダンシング・マザー/文藝春秋
ダンシング・マザー
著 者:内田 春菊
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
ファザーファッカー/文藝春秋
ファザーファッカー
著 者:内田 春菊
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
「ファザーファッカー」出版社のホームページはこちら
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