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”Letter to my son"
更新日:2019年1月15日 / 新聞掲載日:2019年1月11日(第3272号)

Letter to my son(23)

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(C)Eiki Mori Courtesy KEN NAKAHASHI
東京はここ1週間ずっと雨が降り続いている。絆創膏を買いに行く前に、雨宿りに入ったいつものフラミンゴ、水槽のある喫茶店。すっかり雨に濡れてほとんど透明になっているトートバッグから慌てて詩集を取り出し紙ナプキンで拭く。濡れて少し波打っているページとページの間には、たくさんのメモが挟まっていて愛らしくふくらんでいる。

ふと思い立ち、数ヶ月前から詩人の詩を訳している。作業途中の詩Three Skiesのページを開く。異なった時代の中での青年との出会いを、連なった証明写真になぞらえ綴られた5行詩連は、時空を行ったり来たりしながら鎖のようにつながり合っている。ひとつひとつの鎖を傷つけないように外し、形を確認しながら磨き、再び丁寧につなぎ戻していく。それでも鎖が絡まったままで、どうしようもできない箇所がいくつかある。詩人に尋ねれば、すぐに答えてくれるとわかってはいるけれど、ずっと聞けないままだ。9.11直後にこの詩集を出して以来、詩人は新しい詩を1篇も発表していない。書いているのかさえわからなかった。

記憶の中のあの真っ赤なキッチンから、この詩を朗読する詩人の声が漏れ聞こえ始める。その声に、遠い夏の日の夜、プールサイドに寝転がり、友人にこの詩を読み聞かせている僕の声が寄り添う。交互に繰り返す水しぶきのように、ふたりの声は静かに砕け散り、詩の海へ戻っていく。

「親指、カッターで切っちゃって。本当にごめん、血、ついちゃった」。今朝聞いた彼の声。椅子にかけて乾かしていたトートバッグ。雨に滲むことなく、まるで何かの刻印のようにしっかり残っている、その沈んだ茜色が眩しく鮮やかな色として、まっすぐに僕の中に落ちてくる。彼の傷が治る前にまた会えますように。遠くで重なりゆく三人の声に、強まる雨音に、そう願った。
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