母を許せないというのは、私が冷たいのでしょうか|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年1月11日 / 新聞掲載日:2019年1月11日(第3172号)

母を許せないというのは、私が冷たいのでしょうか

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当日の内田春菊さんは艶やかな着物姿で出迎えてくれた。大胆な黒と白のコントラストの着物に赤の帯締めをキリリと。美しい金髪にト音記号をイメージさせるタツノオトシゴのピアスが映えるコーディネートはピアノをイメージしたそう。華のある、お洒落な人である。そのセンスは母から受け継いだものでもあると伺った。二五年前(もう四半世紀経ってしまう…)『ファザーファッカー』を読んだときの衝撃はいまだに深く刺さっていた。
今回の『ダンシング・マザー』は実体験を基にした小説で、小説としてお話を伺いながらも、随分踏み込んでしまったのではないかと思う。
幼い子どもにとって母の存在は絶対であり世界のほぼすべてでもあると思う。
内田さんは子どもの頃ずっと寂しかった、と書かれている。
「母を許せないというのは、私が冷たいのでしょうか」という問いかけは重い。     (T)
この記事の中でご紹介した本
ダンシング・マザー/文藝春秋
ダンシング・マザー
著 者:内田 春菊
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
「ダンシング・マザー」出版社のホームページはこちら
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