母親たちの強さについての物語 エヴァ・ウッソン「バハールの涙」|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年1月15日 / 新聞掲載日:2019年1月11日(第3172号)

母親たちの強さについての物語 エヴァ・ウッソン「バハールの涙」

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1月19日より、新宿ピカデリー&シネスイッチ銀座ほか全国公開©2018 - Maneki Films - Wild Bunch - Arches Films - Gapbusters - 20 Steps Productions - RTBF (Télévision belge)
女性戦場記者のマチルドが取材でイラク北部のシンジャル山岳地帯を訪れ、女性のみの武装部隊「太陽の娘たち」の隊長バハールに出会う。観客は女性記者に導かれてヒロインのバハールを知り、いきなり戦闘地区の緊迫した状況のなかに放り込まれる。バハールの過去はフラッシュバックにより徐々に明らかになる。エヴァ・ウッソンの『バハールの涙』では、この語りの構成が効いている。ISがシンジャルのヤズディ教徒を襲撃し、バハールは拉致されて奴隷として売られたが、脱出に成功した。そしてISに拉致されたままの息子を取り戻そうと女性部隊に入ったのだ。

隻眼の女性記者という設定がいい。この設定は実在の人物メリー・コルヴィンに由来するが、何人かの名監督も想起させる。記者を演じるエマニュエル・ベルコ自身、監督でもあるが、彼女が隻眼の名監督と化して、現場で映画の代わりに写真を撮っているかのようだ。その視界は奥行を欠き、戦場では不利だろうが、それでも記者は重要なものを何ひとつ見逃さない。一方、バハールの両眼は憂いを湛えながらも力強く、彼女の人生の壮絶さとそれでも屈折しない真っ直ぐな性格を観客に印象づける。表情がいつも平明な訳ではない。二人の出会いの場面では、顔はしばしば暗がりのなかに沈み、また逆に眩い陽光に溶け込みもする。けれども画面には二人の情動が絶えず漲る。映画はエスタブリッシング・ショットをできる限り排しつつ、二人の女の顔と眼差しを中心にアップを積み重ねて、情動に満ちた物語空間を紡ぐ。そこで重要な役割を果たすのは、勿論視線による切り返しだ。

最初の戦闘場面が圧倒的だ。銃声が一時間聞こえないとバハールが気づき、「悪い兆候だ」と言う。女たちの歌。記者の指の合図。女が撃たれ、戦闘が始まる。説明的なロングショットなしに、アクションがアップでつながれ、戦闘が始まる気配が画面に満ちていくのが上手い。戦闘描写そのものもいい。銃を構えて前進するバハール。岩陰に隠れてカメラを構える記者。これぞ戦争映画という活劇だ。

ISの陣地からバハールたちが脱出するくだりも忘れ難い。決定的なショットがひとつある。車のバックミラーのアップだ。女たちが車に乗り込んで逃げ、通りから見えないように身を伏せる。そこで女たちの視線により、下から軽いあおりでバックミラーが示されるのがいい。このあおりは逃走直前の俯瞰に対応する。紫のヘジャブを頭に巻いたバハールが、屋敷から逃げ出すため、バルコニーの柱の後ろから地上の様子を覗き見る時の巧みな俯瞰ショットだ。隠れる者がここでは上にいる。俯瞰からあおりへ変化する上下の繊細な斜めの関係が、逃走劇に豊かな味わいをもたらしている。女たちが一旦隠れ家に身を寄せると、その一人の産気や協力者の男性の不穏な言動によりサスペンスが加速し、最後は歩行による水平移動とその果ての出産に至る。

出産の描写は母親という主題を強調する。バハールも記者も母親であり、そのことが二人の絆を一層強くしている。ラストは当然、子供たちの救出劇だ。『バハールの涙』が語るのは、母親たちの強さについての物語である。そしてこの物語に説得力を与えているのは、厳格な演出のもとに配置される優れたアップショットの数々に他ならない。

今月は他に、『新宿パンチ』『ハード・コア』『暁に祈れ』『宵闇真珠』などが面白かった。また未公開だが、マニュエル・ポワリエの『橋のカフェ』も良かった。(いとう・ようじ=中央大学教授・フランス文学)
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