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更新日:2016年11月18日 / 新聞掲載日:2016年11月18日(第3165号)

メガホンで盗難注意!大阪の警察官

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大阪梅田駅は由来毎月二百件内外の盗難被害があったが、関東大震災以来不良の徒多く入り込みたる結果、被害の数一週二百件という多数に上り、所轄曽根崎警察署に於ては各等待合室及びプラットホーム等に於て旅客に対し大メガホンを以て大声に盗難予防注意を促すことになった。(「歴史写真」大正13年1月号)

大正十三(一九二三)年一月号『歴史写真』に掲載された一枚は、事件の記録ではない。「大阪梅田駅」とあるが、私鉄ではなく「省線」つまりは現在のJR駅だろう。

その前年九月一日、関東大震災が首都圏を直撃した。大勢の避難民が大阪に逃げてきて、政府の臨時震災救護事務局は、十一月十五日に、避難者の状況を調査することを決めた。

この写真は、その直後の十一月から十二月にかけての撮影だろう。
説明によれば、「関東大震災以来不良の徒多く入り込みたる結果」梅田駅では盗難事件が多発して、いつもなら月に二百件内外なのに一週間で二百件にのぼり、さらに増加する傾向にあった。この事態に所轄の曽根崎署で知恵をしぼって、「メガホン作戦」を実施することになったのだ。

ここは、大阪駅の「三等上り改札口」だ。列車のランクで改札口も分けられていたことがわかる。ほかにプラットホームや待合室でも、同じような光景があったと、記事は伝えている。

震災直後から、被災者は続々と東京を離れて、九月二十日までに東京市から「百万人以上が流出」(鈴木淳『関東大震災』)していたが、その多くが鉄道を利用したので、列車は超満員で屋根から落ちて死亡する事故が起きるほどだった。青森から鹿児島まで、日本中の駅では地元の人たちが着の身着のままで逃げてきた人々を救援した。写真は、その流れがようやく落ち着いてきた時期である。

この翌年から大阪市は第二次市域拡張を始めて「大大阪」をつくることになるが、すでに東京より早く私鉄網が発達して、激しいサービス競争を展開していた。梅田駅は各社線の中心にあった。

道頓堀のカフェではどぎつい「エログロ」が流行していたが、三等の客と言えば「庶民」、大阪に暮らす人たちの日常の姿がここに写しだされている。

手すりに並ぶのは「旅行カバン」である。写真右から、トランク、大きな丸い包みはなかに篭が入っているのだろうか。その横はふろしき包み。日本髪の女性が手にしている大きな手提げ袋が気にかかる。

「信玄袋」と呼ばれた女性が持つ大きな手提げ袋。巾着袋の一種だが、底を広くして容量があるのが特徴で、「合切袋」ともいうように何でも入る。上の口に紐を通して閉じるだけの簡単な造りで、明治中期から流行したものだった。

もう一つ、気になるのは「メガホン」だ。
巡査は、集まった乗客たちに「盗難に注意するように」と呼びかけている。
メガホンを握る巡査は直立不動の姿勢と言いたいが、緊迫感はなく、寒いのかな左手をポケットに入れていて、白い手袋は腰のあたりにぶら下げている。

写真のメガホンは紙製のようだが、現在は電子機器「拡声器」や「トランジスタメガホン」通称「トラメガ」に形を変えて、相変わらず活躍している。

今年十月七日に銀座で行われたリオ五輪オリンピック・パラリンピックのメダリストたちのパレードで、女性警察官が「トラメガ」を握りしめ、それでも声を張り上げて群衆整理にあたっていた姿が思い出される。博多駅前の陥没事故の現場でも警察官の手にあった。

時を超えて、メガホンは「おまわりさん」の隠れた必需品なのかもしれない。(
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