ル・コルビュジエがめざしたもの -近代建築の理論と展開- 書評|五十嵐 太郎(青土社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年1月12日 / 新聞掲載日:2019年1月11日(第3172号)

ル・コルビュジエがめざしたもの -近代建築の理論と展開- 書評
新しい社会を建設する夢 「ユートピアの死」以降、情報こそが空間をつくる

ル・コルビュジエがめざしたもの -近代建築の理論と展開-
著 者:五十嵐 太郎
出版社:青土社
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火星居住計画を、アメリカの新興大富豪イーロン・マスクが進めている。その「都市計画」の、グリッドに放射線状の「街路」(インフラ)が重なる様子は、ル・コルビュジェが「300万人の都市」で提案したものに似ている。それは倒錯した驚きをもたらす。「火星の計画が、かつて地球上でも試されたことがあったのか!」と。

五十嵐太郎が『ル・コルビュジエがめざしたもの』で言うように、かつて都市計画は、「新しい問題系」として現れた。近代とは「社会の体制と交通体系が大きく変貌し、これまでの都市の概念が通用しない」時代であった。単体の建築を設計するだけでは都市の問題は解決されず、したがって社会も古びてやがて死を迎える。成長する社会に「輝く都市」像を与えることで、ある種のユートピアを設計しようとしたのである。

「これまでの都市の概念が通用しない」世界で、新しい社会を建設する夢は、火星へと受け継がれた。これが倒錯した驚きを引き起きしたのは、21世紀の地球上では、そのような夢はすでに誰も見なくなっていたからである。

「ユートピアの死」以降の状況を、五十嵐はもう一冊の『モダニズム崩壊後の建築』で明らかにしようとする。こちらの本には「1968年以降の転回と思想」という副題がついていて、5月革命前後のパリの若い建築家たちの動向を詳述し、このころに建築や都市への考え方に大きな「転回」があったことを論じている。68年は確かに象徴的な時代だが、「転回」はその前からすでに始まっていた。アーキグラムという建築家集団が活動を始めたのが1961年で、彼らは『インスタント・シティ』や『ウォーキング・シティ』といったSF的でリアリティは希薄だが強烈なイメージを持つ都市のドローイングを次々に発表した。   

ル・コルビュジエにおいて新しい都市は、爆発的に増加する人口、自動車という交通システム、経済的な成長など、リアルな未来像に基づいた。そしてそこにおいて建築は、「重直性、固定性、不可動性」を持つしかなかったが、アーキグラムは建築をそれらから解放し「情報に還元した」と、五十嵐は言うのである。  

21世紀の今日から見て、「固定性」から「情報」への流れはよく体感できる。例えば「購買」という行為を考えるとき、かつて街の商店街がそのための場所であったが、やがて都市の中心部のデパートや郊外のスーパー、そしてショッピングモールへと移り変わり、今ではインターネット上に最も便利な「市場」がある。確かに今では、情報こそが、空間をつくっている。

とはいえ、情報に還元されえないものがある。それは例えば私たちの身体だ。日本で暮らすものには、2011年3月11日、特に東北地方の太平洋岸に大きな被害をもたらした震災と津波、そしてそれに続く原発事故が、そのことを思い知らせた。私たちの身体が生命を維持するためには、安全で便利な物理的な空間がどうしても必要である。これがもし、発展しつつある大都市に起きたのであれば、ル・コルビュジエのアイデアが更新されて応用されたかもしれない。実際、阪神大震災の際の神戸では、小さく脆弱な住居や工場が整理され、近代的な再開発がなされた。ところが、東北では小さな集落が離散的に数百キロの長さで点在する。

五十嵐は震災後の東北における建築家の活動にスポットを当てる。例えば「藤村龍至は、複数の案から市民が投票する形式を採用し、集合知を集積しながら、デザインを洗練させるシステムを開発し」「実際、完成した建築は、一点突破の明快なデザインではなく、環境への配慮、シンボル性、バス停の待合所としての機能性など、多くの異なる要素を縫合」することに成功した。情報を整理することによって物理的な空間を立ち上げていく建築家の姿勢を、五十嵐はこうして肯定する。
もっともこれも、「3・11」以降に突然現れたわけではない。『ル・コルビュジエがめざしたもの』の最後で、五十嵐はジェイン・ジェイコブズの建築論について論じている。五十嵐によれば、ポストモダンの議論は「観念的な理想を創造するのではなく、現実の観察やフィールドワークに基づき、単純なものよりも複雑性を、純粋よりも混在を」目指していて、とりわけジェイコブスは「異議申し立ての時代と連動しつつ、運動家として」の活動も行った。「3・11」の被災地での建築家の活動は、このジェイコブスの思想を受け継ぐものとしてみることもできよう。

ル・コルビュジエの時代から、建築と都市を取り巻く環境は大きく変わった。ところが、日本はこれから東京オリンピックと大阪万博という、高度成長期の「夢」のコンボを、もう一度繰り返そうとしている。それが何をもたらさないのか、私たちは今度こそはっきりと見極めなくてはならなくなった。他方、火星での「夢」のほうはいつ実現するのかわからない。ただそれが、20世紀半ばの夢の繰り返しでしかないのなら、それもあまり魅力的ではない。僕としては、アーキグラムが示した想像力の力が、「3・11」以降の日本、そして「火星」においていかに継承可能であるかに関心がある。(すずき・たかゆき=小説家・建築家)
この記事の中でご紹介した本
ル・コルビュジエがめざしたもの -近代建築の理論と展開-/青土社
ル・コルビュジエがめざしたもの -近代建築の理論と展開-
著 者:五十嵐 太郎
出版社:青土社
以下のオンライン書店でご購入できます
モダニズム崩壊後の建築 -1968年以降の転回と思想-/青土社
モダニズム崩壊後の建築 -1968年以降の転回と思想-
著 者:五十嵐 太郎
出版社:青土社
以下のオンライン書店でご購入できます
「モダニズム崩壊後の建築 -1968年以降の転回と思想-」出版社のホームページはこちら
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