「演劇の街」をつくった男 本多一夫と下北沢 書評|本多 一夫(ぴあ)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年1月12日 / 新聞掲載日:2019年1月11日(第3172号)

「演劇の街」をつくった男 本多一夫と下北沢 書評
重要な民間の自助努力
下北沢と演劇(劇場)は厳然 として演劇界に影響している

「演劇の街」をつくった男 本多一夫と下北沢
著 者:本多 一夫
出版社:ぴあ
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 東京の下北沢という街には、いくつものイメージがある。昨今では古着、サブカル、カレーなどだろうか。しかし、演劇関係者ならばそれだけではないと口を揃えて言うだろう。むしろ、挙げるべきなのはまず「演劇」である、と。下北沢で大小さまざまな八つの劇場を運営する本多グループ。本書は、そのオーナーである本多一夫の語りを著者が伝記にした部分と、それら劇場にゆかりある華やかな演劇人たちのインタビューによって構成される。その一代記によって作られた劇場たちは、たとえ当初バブル期の時代の風が吹いたとしても、にわかには信じがたい。

北海道の少年が俳優を志して演劇を始める。最初のオーディションに受かって東京に出てくる。けれど、その後はうまくいかず、バーの店主になる。そこまでは、個人にとっては特別なことでも物語として見ればありうる話だ。実際、かつては俳優業のあとで始める仕事に、飲み屋の店主は何番目かには数えられた。また、演劇人が劇団や公演のために自分たちのスペースを持つべく劇場を経営することも多かった。しかし、劇場経営に特化して、その数を次々に増やして、なおかつ下北沢という街そのものの風景を作るまでになる。都市計画によって策定されたわけでなく、いくつかの劇場によって街と人の流れが作られ、自然発生的に成長をしている。本書でいくども強調されるその劇場の規模はもちろんだが、街の特徴そのものがユニークなのだ。

ただし、この語りの部分を読むだけでは、どのような商才があったのか、本多一夫のなにが特別なのかよくわからない。おそらく、実業家時代や不動産収入の話がさらりと書かれて苦労話や強面の部分があまりにも見えないところこそ、経営者の実力なるものがあったことを示すのかもしれない。実際、養成所やロングラン公演、運営をやめた劇場など、上手くいかなかった例も多い。バブル以後は、公共劇場の出現やスズナリなど若手達の登竜門としての劇場の位置も多様化していったことを踏まえれば、たとえ劇場の借り手の層が違っていたとしても、向かい風に違いはないだろう。

しかし、今もって下北沢で行われる演劇には、ブランドともいえる力がある。むしろ、公共劇場がどれだけ新しい演劇人を誕生させたのかという問題も暗に突きつける。少なくとも近圏の劇場には三軒茶屋や、沿線には吉祥寺や渋谷などもあるが、いまだに下北沢とその演劇(劇場)は厳然と演劇界に影響している。民業圧迫などという言葉を吹き飛ばし、民間の自助努力の方が、やはり重要なのではないかと思わせる。

それは、毎回ではないにしろ、いまだにこの下北沢の本多グループの劇場を使い続ける演劇人が多いことからわかる。インタビューに登場する加藤健一、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、流山児祥など。むろん、ここには登場してこない、消えていったものたちをはじめ、小さな劇場であれ使っている演劇人は他にもたくさんいる。

演劇人に愛される街は、いまや新宿や渋谷ではなく、やはり下北沢なのだろう。(たかはし・ひろゆき=演劇評論家)
この記事の中でご紹介した本
「演劇の街」をつくった男 本多一夫と下北沢/ぴあ
「演劇の街」をつくった男 本多一夫と下北沢
著 者:本多 一夫
出版社:ぴあ
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「「演劇の街」をつくった男 本多一夫と下北沢」出版社のホームページはこちら
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