アメリカ死にかけ物語 書評|リン・ディン(河出書房新社 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年1月12日 / 新聞掲載日:2019年1月11日(第3172号)

詩人の耳がとらえた アメリカ底辺社会の声

アメリカ死にかけ物語
著 者:リン・ディン
出版社:河出書房新社
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 経済は回復している、景気は上向いていると政府やマスコミはいつも同じ文句を繰り返すけれど、周りを見渡してみれば、人々の暮らしはどんどん困窮していくばかりだ、おかしいじゃないか、と言うことで、貧しくなっていく社会階層の一員として、フィラデルフィアに住むベトナム系アメリカ作家は、長距離バスを乗り継いで全米各地に足を運び、表や裏の路地を歩き回り、汚くて安いバーをはしごして、いわゆる社会の底辺にいる人々の声を拾い集め出した。「何十万人ものアメリカ人が今、この自称『地球上で最も素晴らしい国』で、野蛮な生活を余儀なくさせられている」ことを伝えるために。

本書は七五年のサイゴン陥落前夜に十一歳で難民として渡米し、清掃やペンキ塗りなど様々な仕事を経て、やがて英語で詩や小説を書く作家になった著者が、拡大する社会の貧困をよそに「豊かで素晴らしい国」というイメージを流し続けるメディアや政府の欺瞞を告発すべく、二〇〇九年に自身のブログ「Postcards from the End of [the] America[n Empire]」で始めた現在も進行中のルポルタージュである(本書収録分は一三年四月から一五年六月まで)。

読者は車椅子だったり、麻薬中毒だったり、正気を失いつつあったりする老若男女のホームレスたちの声を聞き、それぞれの人生の断片を知るだろう。バーのカウンターではいつ路上生活に転じてもおかしくないワーキングプアや失業者たちが語る、貧困や病気や離別などの身の上話と、犯罪や殺人にまつわる身内の事件や町の噂話を耳にするだろう。

本書の大きな魅力はこうした市井の人々の生身の声にある。言葉は聞き手を得て会話になり、ときに掛け合いは熱を発して加速し、着地点の定まらぬまま疾走する。「弟は死ななかったのか?」「死ななかった。戻ってきて、郵便局で三十五年働いたよ」「奇跡だね! 手足も元どおり?」「ああ。うまく継ぎ接ぎしてもらえて、回復したよ」。ベトナム退役軍人との会話はサンフランシスコのバーの話に飛んで、最後はこんな具合だ。「町全体がゲイのエリアだったんだよ! 早くそこから出たくて仕方なかった! しまいに空港では、クリシュナ財団の奴が俺のことを赤ん坊殺し呼ばわりしやがったんだ!」。しかしこうした他愛のない無駄口の数々も、詩人の耳と手にかかると、いつしか散文詩のような趣を帯びてきて、いつまでも耳を傾けていたくなってしまうのだ。

登場人物が偏っているのは、最も伝えられることのない人々の声を伝えることに主眼があるからだ。アメリカ社会のアウトサイダーを自認する著者は、社会からこぼれ落ちたりこぼれ落ちそうな人たちのそばにいつもいて、努力次第で豊かになれるわけではない固定化された極端な格差社会の孤独を一緒になって嘆き、毒を吐き、自虐的なジョークで自らを含めて笑い飛ばす。だから著者の散策は、ときに危険にさらされても、その共感の眼差しによって、まるで日常のリアルを小さな言葉に見つけていく路上の宝探しに思えてくるのだ。

先ごろ東京で開かれたトークイベントに、著者は東南アジアのはにかみといったたたずまいで現れた。本書の出版が一因で一八年についに米国を去ってベトナムに生活拠点を移したというが、これからも詩人の耳はリアルな言葉を捕まえて、フェイクな言葉の濫用で機能不全に陥った国への異議申し立てを続けていくだろう。なお、本書は優れた訳文と親切な注から作品理解に役立つあとがきに至るまで、訳者の多大な労がうかがえる。(小澤身和子訳)(おくせ・ようへい=翻訳者・ライター)
この記事の中でご紹介した本
アメリカ死にかけ物語/河出書房新社
アメリカ死にかけ物語
著 者:リン・ディン
出版社:河出書房新社
以下のオンライン書店でご購入できます
「アメリカ死にかけ物語」出版社のホームページはこちら
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