新井明選集1 ミルトン研究 書評|新井 明(リトン)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年1月12日 / 新聞掲載日:2019年1月11日(第3172号)

新井明選集1 ミルトン研究 書評
今に生きるミルトン
著者の言もまた「預言的気風」を帯びて

新井明選集1 ミルトン研究
著 者:新井 明
出版社:リトン
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 著者新井明氏は日本を代表するミルトン研究者である。内村鑑三奨学生として、ニューイングランドのアマースト大学に学び、ミシガン大学大学院に進んだ。東京教育大学教授、大妻女子大学教授、日本女子大学教授を経て、敬和学園大学学長を務めた。文学者、教育者として、国内はもとより、国外の人々のこころの琴線にふれる講話も多く残してきた。新井氏はまた「平信徒」として、内村鑑三の流れを汲む経堂聖書会を基点に、長く聖書を講じてきた。著者を師と仰ぐ経堂聖書会の七人会は、より多くの人々が新井氏の珠玉の文章に接することを願って、本選集を刊行するにいたった。
ジョン・ミルトンは、17世紀英国の叙事詩人で、シェイクスピアと並び称される世界的文豪である。ピューリタン革命後はクロムウェル率いる英国共和政府のラテン語担当秘書官を務めた(ラテン語は当時ヨーロッパの国際共通語)。王政復古時に逮捕されるも釈放され、後、叙事詩『楽園の喪失』と『楽園の回復』、ギリシア悲劇風劇詩『闘技士サムソン』を執筆した。

『新井明選集』は全三巻より成る。本巻『ミルトン研究』、第二巻『内村鑑三とその周辺』、第三巻『聖書の学び』である。本巻は三部仕立てとなっている。第1部「ミルトン――人と思想」は全12章で構成されるミルトン小伝である。第1部に関しては、「一般読者向けながら、『キリスト信徒』としてのミルトン像を長年にわたって探求してきた日本における第一人者による充実した伝記」という圓月勝博氏の評(『講座 英米文学史』第2巻詩II)を紹介しておく。

第2部「ミルトンの世界」はミルトン研究者として著者が執筆した研究論文を中心に8編が収録されている。時を経てもなお学問的価値を喪失しない秀逸な論文ばかりである。氏の広く豊かな学識と教養、正確で緻密な読解が随所に認められる。

第3部「詩に生きる」には、折々の講話とエッセイを中心とした全9編が並ぶ。著者の瑞々しい感性、英文学および日本文学に対する深い造詣、人と自然を慈しむ大和のこころに裏打ちされた文章は静かな感動を呼ぶ。
以下、掲載された論文やエッセイから数例をあげて紹介する。「ミルトンと王政復古」においては、王政復古前夜に執筆された『自由共和国樹立の要諦』の加筆部分に認められる理想的共同社会の具体的なイメージとかたちとが、同時期に口述筆記されていた『楽園の喪失』中にそのまま継承され、今に息づいていることが明らかにされる。社会学的アプローチと文学的アプローチという二つの領域に足場を据えた著者にして初めて可能となる論文である。

また、「藤井武とミルトン」においては、藤井が『楽園喪失』の翻訳を通して獲得した「簡潔なうたい方を、ダンテ風の三行韻詩に仕立てて」、創作叙事詩『羔の婚姻』を命の尽きるまでうたった過程が、精緻な語の分析を経て明らかにされる。藤井にとって「詩とは神(実在者)により託された啓示、つまり預言の公示であって、その聖なる思想を『代言』するものが詩人」であった。藤井はミルトンの「詩に生きる」姿の内に自身の姿を見すえていた、と新井氏は述べる。ここで詩のことばは、一般的な「文学」の範疇を越えて天の高みへと飛翔する霊性を付与される。藤井の未完の叙事詩が理解される時、初めて日本の文学が世界文学の中で中心的地位を占める可能性を持つ、とする著者の言もまた「預言的気風」を帯びている。
「エリオットの二つのミルトン論」において、「祭儀的感受性」という用語によって著者が浮き彫りにするのは、藤井武の言う意味での「詩人」T・S・エリオットの姿である。著者は、エリオットが嫉妬/嫌悪からミルトンを攻撃したが、後にそれを撤回したという通俗的見解を退け、「偉大な先達ミルトン」を相手に苦闘し、ついに自己の詩のかたちを確立した「祈りの詩人」としてエリオットを描出した。エリオットの詩作品と批評を丹念に読み込んだ著者は、救済史の枠組みにおいてエリオットを「ミルトン研究の恩人」と位置づける。

『楽園の喪失』の翻訳者としても有名な新井氏は、「繁野天来とミルトン」、「『力者サムソン』の創作年代」、そして「藤井武とミルトン」にも明らかなように、わが国の先達の訳業と創作物について、直接、原典にあたり、熟読吟味し、再評価した。その功績は大きい。新井氏は、こうした先達とのいわば「対話」を重ねつつ、自身の翻訳のことばを究めていったと考えられるのである。

最終部の英文原稿(邦題「日本でミルトンを読むということ」)は、日本語対訳の形を取っている。これは、国際ミルトン学会発足後、30年を経て、2012年8月に初めて日本で開催された第10回大会における開会の辞である。氏は『楽園の喪失』最終5行に示されたアダムとイブの姿を範としつつ、東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故後、その余波が深刻の度を増す現実に生きるわれわれが「手に手をとりあって」難題の山積みされている「荒れ野」へと歩み出るよう呼びかけている。ミルトンは今に生きている。(のろ・ゆうこ=日本大学文理学部教授)
この記事の中でご紹介した本
新井明選集1 ミルトン研究/リトン
新井明選集1 ミルトン研究
著 者:新井 明
出版社:リトン
以下のオンライン書店でご購入できます
「新井明選集1 ミルトン研究」出版社のホームページはこちら
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