坂口安吾歴史小説コレクション 第一巻「狂人遺書 書評|坂口 安吾(春陽堂書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年1月12日 / 新聞掲載日:2019年1月11日(第3172号)

示唆に富む安吾の歴史小説
その全体像と独自の歴史観を初めて概観する

坂口安吾歴史小説コレクション 第一巻「狂人遺書
著 者:坂口 安吾
出版社:春陽堂書店
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 坂口安吾は、一九四六年に戦中戦後の世相をシニカルにとらえた評論「堕落論」と創作「白痴」を発表し、時代の寵児になった純文学の作家である。その一方で安吾は、エッセイ「私の探偵小説」に、「少年時代から探偵小説の愛好者」で、戦時中は平野謙、大井広介、荒正人らと探偵小説の「犯人の当てっこ」をしたと書くほどの探偵小説マニアで、第二回探偵作家クラブ賞長編賞を受賞した『不連続殺人事件』や、『明治開化安吾捕物帖』が大胆にアレンジされ『UN-GO』としてアニメ化されるなど、今も評価が高い。

実は安吾は、一九四〇年に発表した「イノチガケ」以降、「鉄砲」「織田信長」『信長』など織田信長を描いた一連の作品、一国を盗み盗った梟雄とされてきた斎藤道三を再評価した「梟雄」、藤沢周平『密謀』や火坂雅志『天地人』より早く直江兼続に着目した「直江山城守」など多くの歴史小説を発表している。それなのに安吾の歴史小説が、探偵小説ほど注目されてこなかったのは、安吾の歴史小説が現代小説とカップリングされ書籍化されてきた影響も大きいように思える。安吾関連の著書、編著も多い七北数人が、安吾の歴史小説をテーマごとにまとめた『坂口安吾歴史小説コレクション』(全三巻)の刊行によって、その全体像と独自の歴史観が初めて概観できるようになったといっても過言ではあるまい。

安吾の歴史小説の中でも特に名作なのが、信長ものの第一弾となる「鉄砲」ではないだろうか。この作品は、「火縄銃は弾ごめに時間がかかる」ので、武田信玄など「鉄砲の威力を見くびる」武将が多かった時代に、一人、信長だけは「三千梃の鉄砲」なら「千梃ずつ三段にわけて斉射」する新戦術を編み出し「弾ごめに時間がかかる」という欠点を克服したとする。現代の読者は、こうした信長の合理精神を当たり前のように受け取るかも知れないが、信長を合理主義者とする歴史観はそれほど古いものではなく、「信長はその精神に於て内容に於てまさしく近代の鼻祖であった」との一文がある「鉄砲」は、信長を近代合理主義者として描いた最初期の作品なのである。

また安吾は、「狂人遺書」で、立身出世主義の理想だった豊臣秀吉を、ようやく生まれた実子に富と栄誉を渡すため、明征伐という誇大妄想的な野望に向かって突き進む老人に変え、「二流の人」では秀吉を天下人に押し上げた黒田如水を、「如水は歯のない番犬」に過ぎず、秀吉は如水を恐れながらも侮っていたとし、「直江山城守」では、兼続を「無欲テンタン冒険家で、天下を狙う」ことも考えず、ただ自分の戦略が的中することだけに悦びを感じる「ハリキリ将軍」とするなど、有名な武将をシニカルに分析しているのも面白い。

安吾が、一九四四年に「今我々に必要なのは信長の精神である。飛行機をつくれ。それのみが勝つ道だ」と書いた「鉄砲」を発表したのは、明らかに精神力で、アメリカの工業力に立ち向かおうとした日本軍への皮肉がある。天下人になる野望を持ちながらも、先が読み切れず夢やぶれた如水を描いた「二流の人」には、やはり敗戦で打ちひしがれていた日本人を励ます要素も見受けられる。このように安吾の歴史小説には、執筆当時の世相が色濃く反映されているだけに、安吾の思想を知る上でも示唆に富んでいるのである。

安吾が行った斎藤道三の再評価、そして信長=近代合理主義者説は、道三を中世的な因習の破壊者とし、その精神的な後継者を信長とした司馬遼太郎『国盗り物語』に受け継がれ、この図式は歴史小説のスタンダードになっていく。また嬉々として前線に赴き死闘を繰り広げる忍者集団を、戦前は天皇に忠誠を誓い、戦後は忠誠を誓う相手を会社に変えただけの懲りない日本人に重ねた山田風太郎の〈忍法帖〉シリーズにも、歴史を従来とは違う角度で切り取った安吾の影響が見受けられる。その意味で『坂口安吾歴史小説コレクション』は、歴史時代小説に関心を持つすべての人に新たな視座を与えてくれるのである。(すえくに・よしみ=文芸評論家)
この記事の中でご紹介した本
坂口安吾歴史小説コレクション 第一巻「狂人遺書/春陽堂書店
坂口安吾歴史小説コレクション 第一巻「狂人遺書
著 者:坂口 安吾
出版社:春陽堂書店
以下のオンライン書店でご購入できます
「坂口安吾歴史小説コレクション 第一巻「狂人遺書」出版社のホームページはこちら
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