西郷を破滅させた男 益満休之助 書評|芳川 泰久(河出書房新社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年1月12日 / 新聞掲載日:2019年1月11日(第3172号)

西郷の暗黒面を支えた男
あったかもしれない新政府転覆計画

西郷を破滅させた男 益満休之助
著 者:芳川 泰久
出版社:河出書房新社
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NHK大河ドラマ『西郷どん』の影響だろうが、二〇一八年は、幕末から明治初期を舞台にした小説が大量に刊行された。フランス文学者にして作家の芳川泰久が書き下ろした本書は、その中でも、ひときわユニークな作品といっていいだろう。なにしろ主人公が、益満休之助である。

益満休之助は、実在の薩摩藩士だ。西郷隆盛の命を受け、江戸で騒擾を起こした。これにより佐幕派の庄内藩兵たちが薩摩藩邸を焼き討ち。結果的に、鳥羽伏見の戦いへと繋がっていく。休之助自身は幕府側に捕らえられ、牢に入れられていたが、勝海舟によって助け出される。その後、さまざまな経緯を経て、上野戦争で死亡した。

本書はその休之助が、重症を負いながらも、上野戦争を生き延びたとしている。休之助生存説自体は昔からあり、それを扱っている歴史時代小説も、幾つか存在している。その意味では、さほど目新しさはない。だが、中江篤介(兆民)の新政府転覆計画に、休之助が深くかかわるという内容には驚いた。とんでもない発想である。

そもそも篤介が、新政府転覆を計画したなど、ありえるのか。作者は、膨大な史料と事実を突き合わせ、その可能性があったことを証明する。

読んでいて感心したのは、転覆計画を、目的ではなく手段としていることだ。ルソーの『民約論』(『社会契約論』)に大きな影響を受けた篤介は、日本の政治を立憲制に移行させようと決意。その目的を達するために、新政府を転覆しようとするのだ。しかも人々を動かす〝英雄〟として、勝と西郷を引っ張り出そうとするのである。ここで休之助が、重要な意味を持ってくる。

江戸無血開城のために、勝の依頼を受け、幕臣の山岡鉄太郎と共に行動したことのある休之助。上野戦争で撃たれたが、鉄太郎に助けられ、医者の手塚良仙のもとに担ぎ込まれる。ちなみに良仙は、漫画の神様・手塚治虫の先祖だ。傷ついた顔に植皮手術を受け、別人のようになる休之助は、手塚の名作『ブラック・ジャック』を意識したものである。

名を益岡休之進に変えた休之助。良仙の影響を受け、医者を目指すようになる。偶然出会った篤介からフランス語も学ぶ。この部分は、新たな道を歩み出した休之助の成長物語として、大いに楽しめた。

しかし、篤介の思想に感化された休之助は、転覆計画にのめり込んでいく。勝の協力を得て、薩摩に戻った西郷のもとに、ふたりは向かう。もちろん私たちは、転覆計画が実現しなかったことを知っている。それでもページを繰る手が止まらない。特に、ある事実を突きつけられた休之助が、理想と私怨の間で揺れる展開に、強く魅了されたのである。実に読ませる作品なのだ。

ところで本書の前半に、休之助がなぜ西郷の命に従い、汚れ仕事をやっていたか、理由を想起する場面がある。一言でいえば、自由を得るためだ。薩摩の地を飛び出すには、そうするしかなかったのである。

ならば上野戦争で死んだと思われ、新たな生き方を見つけた休之助は、本当の意味での自由を獲得したのではないのか。それなのに危険な計画に乗り、自分を知る人々と向き合う。時代と人に翻弄されながら、ついには西郷隆盛という英雄を破滅させた休之助。彼の人生は何だったのか。本を閉じた時、あらためてそのことを、考えずにはいられなかった。(ほそや・まさみつ=文芸評論家)

★よしかわ・やすひさ=作家、フランス文学者、文芸評論家。早稲田大学第一文学部教授。 小説『坊っちゃんのそれから』他漱石三部作。編訳書に『失われた時を求めて』(角田光代共訳)他多数。一九五一年生。
この記事の中でご紹介した本
西郷を破滅させた男 益満休之助/河出書房新社
西郷を破滅させた男 益満休之助
著 者:芳川 泰久
出版社:河出書房新社
以下のオンライン書店でご購入できます
「西郷を破滅させた男 益満休之助」出版社のホームページはこちら
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