今中哲二氏インタビュー〈飯舘村長泥地区をフレコンバックの最終処分場にするな〉(聞き手=佐藤嘉幸)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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原発事故から8年:飯舘村でいまなにが起こっているのか
更新日:2019年1月16日

今中哲二氏インタビュー〈飯舘村長泥地区をフレコンバックの最終処分場にするな〉(聞き手=佐藤嘉幸)

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第2回
ADRをめぐって

佐藤 嘉幸氏
佐藤 
 ADRの話が出ましたので、その点について伺いたいと思います。飯舘村民三千人以上が東京電力に損害賠償を求めたADRの結論として、一〇ミリシーベルト以上初期被曝した人に東京電力が一五万円の賠償金を支払う、という調停案が出ました。しかし、東京電力側が調停の受け入れを拒否したために、初期被曝についての調停は打ち切りになってしまった。今中先生や、日本大学の糸長浩司さんらが中心になって運営されている飯舘村放射能エコロジー研究会(IISORA)が今年二月に福島でシンポジウムを開かれましたが(「原発事故から七年、不条理と闘い生きる思いを語る」、二〇一八年二月一八日、福島県青少年会館。以下で映像が公開されている。動画1  動画2)、そこで配布された資料の中に、東京電力とADRと原告の間でやりとりされた書面がすべて載っていました(IISORAのホームページで公開されている。IISORAのホームページ)。それを読ませていただいて非常に驚いたのですが、東京電力は、一〇〇ミリシーベルトが健康に影響を与える「しきい値」である以上、一〇ミリシーベルトの被曝は微々たるものであり、一〇ミリシーベルトでは健康影響は存在しないのだから、初期被曝についてはまったく補償するに値しない、という回答を出している。この回答について科学者としてどうお考えですか。

今中 
 そこは専門家によって意見は違いますけれども、一般的には、一〇ミリシーベルトは急性の障害が出るような被曝でないことは確かです。しかし、たとえそうであっても、余計な被曝をすることによって、後々ガンなどの病気にかかる可能性がある。その可能性が上乗せされるということです。

佐藤 
 原発労働者だと、五ミリシーベルト以上の被曝で、健康影響に対して労災が認定されていますね。それに比べて、一〇ミリシーベルトは高い値です。

今中 
 そもそも「しきい値は一〇〇ミリシーベルトにある」という論理を使うこと自体、不勉強なんです。あの数字は、広島、長崎の被爆者追跡調査を元にして求められたデータです。そこでの被曝線量とその影響を見てみると、有意な関係が見られるのが一〇〇ミリシーベルト以上であり、それ以下では健康被害は認められない、と東京電力側は言っている。ただ私も、広島、長崎の被曝量評価をずっとやってきていますけれども、元々あの集団で、低い被曝量における細かい話をするのは無理なんですね。広島、長崎では、お年寄りから若い人まで大勢被曝しており、五〇年間ずっと追跡調整したと言うけれども、この間、原爆の被曝以外に、自然被曝、医療被曝も含めて、多くの被曝を受けている。だから、五〇ミリとか一〇〇ミリといった数値できれいにわけられるものではない。それが私の第一印象です。
また、あの調査計画がデザインされた一九五五年当時、低い被曝線量に至るまできちんと調べようという気などさらさらなかった。原爆による放射線被曝は、爆心地から二〇〇〇メートルぐらいまでしか考えられていなかったので、最初はそれ以上離れた場所については、放射線被曝は「ゼロ」として考えるぐらいの感じだった。だから調査対象は、一〇〇〇メートル以内、一五〇〇メートル以内、二〇〇〇メートル以内という大ざっぱな区分で計画された。そうした調査であり、「しきい値=一〇〇ミリシーベルト」というのは、被曝量評価のクオリティが高くない集団の中での話であるわけです。最近の調査の方が被曝量の不確かさが小さい。原子力産業労働者や、CTを浴びた子どもたちのフォローアップでは、被曝線量による効果という点ではより明確な数字が出ており、一〇〇ミリシーベルト以下でも被曝影響があることが証明されている。ADRの回答などを見ていると、「しきい値=一〇〇ミリシーベルト」という言葉だけがひとり歩きしているように思います。専門家にしても、工学系の人は、最近の調査をほとんど読んでいないから、医学生物系の専門家の言ったことの受け売りだし、医学生物系も不勉強か、もしくは「御用の精神」に富んでいるか、どちらかです。

佐藤 
 東京電力側はそうして、あまり信頼性のないデータを意図的に使っている。

今中 
 ICRP(国際放射線防護委員会)が、一般の人の年間被曝線量(自然界からの被曝や医療被曝を除く)を一ミリシーベルト以下に抑えた方がいいという勧告を出したのには、それなりの根拠があるんですね。この数値は歴史的にどんどん下げられてきて、一九八五年には、年間五ミリから一ミリシーベルトにまで下げられた。ICRPの基本は、被曝線量とリスクの関係についての「直線・閾値なし説」で、つまり低線量被曝にもそれなりに害があるという考え方です。年間一ミリシーベルトでもそれなりにリスクはあるが、原子力を利用する社会ではそれくらいはみんなガマンしましょうという考え方です。

佐藤 
 医療被曝であれば、病気の診断というベネフィットがあるのかもしれませんが、福島第一原発事故の場合、やはり「余計な被曝」になりますね。住民たちは、まったく不必要な被曝をさせられた挙句に、それに対する補償も事故企業=公害原因企業から拒否されるとすれば、これは倫理的に考えておかしい。東京電力側は、事故企業=公害原因企業でもあるにもかかわらず、ADRの書面を見ると、初期被曝を賠償する気はなく、完全に開き直っている。

今中 
 あの書面は、専門的なことについてほとんど何も知らない弁護士が書いていますからね。

佐藤 
 ただ弁護士としては、一〇〇ミリシーベルトがしきい値だという説がある限り、それを使って、何とか賠償をゼロにしてやろうと考えますね。

今中 
 それは言葉上のロジックだけの話ですよ。私もADRで証言しました。その時に東京電力の弁護士から、反対尋問のかたちで質問されたんですが、「今中先生の作成された図は、目盛りがおかしい」と言われたことがあります。彼の言っていることが、最初よく理解できなかったんですが、簡単な話で、対数を理解できていなかった。唖然としました。結局、ブレーンもいないんですよ。東京電力は、そういう弁護士をいっぱい抱えているんだと思います。サイエンスをきちんと理解できる専門家がいないから、そういった馬鹿げたことで突っ込んでくる。

佐藤 
 そうした初歩的なことすらわかっていない弁護士が、「一〇〇ミリシーベルトしきい値説」を楯に反論してくる。呆れ果てるしかないですね。

今中 
 ADRもそうだけれど、裁判というのは方便の世界であって、サイエンスの世界ではありませんから。

佐藤 
 「一〇〇ミリシーベルトしきい値説」を盾にして、それ以下では健康被害はないという印象を与えれば勝ちだと思っている、ということですね。本当に科学的であるかどうかは関係がない。

今中 
 だから、調停役の弁護士さんは、私の意見の方をもっともだと考えたのでしょう。一〇ミリシーベルトぐらいに基準を設けると判断したんだと思います。

佐藤 
 そうした経緯で、今中先生はADRを説得できたけれど、東京電力の態度はまったく改まらない。現状を見ていると、ADRというシステム自体に問題があるのではないかと考えざるを得ません。結局ADRが調停案を示しても、何の法的拘束力もありませんから、事故企業=公害原因企業が開き直ったらそれで終りです。

今中 
 住民も、ADRでけりがつくと思ってやっていたのに、調停案が出ても解決しない。そうなると裁判に訴えるしかない。しかし、裁判に持っていくまでに住民を疲れさせてしまう役割をADRが果たしている。逆にADRがなかったら、もっとすんなりと裁判までいけたのかもしれません。

佐藤 
 ADRには、飯舘村の住民の半分ぐらいの方が入っていますね。三千人以上という大きな人数です。それだけの人数で訴えても、賠償の問題はまったく解決しない。あるいは、それだけの人数で訴えられると、あまりにも賠償金の総額が高くなってしまうので、東京電力は調停案を受け入れない。いずれにせよ、ADRの調停案には法的拘束力がなく、そのために調停が実現されないわけですから、システムとしてはまったく意味がない、ということが露呈してしまった。

今中 
 ええ。私もADRについての歴史的経緯はよく知らないけれども、印象としては同じです。一体何のための制度なのか、としか思えない。

佐藤 
 東京電力側が出している書面を見て、もう一つ驚いたことがあります。東京電力は次のように主張しています。村民は初期被曝したと主張しているが、原発事故後の二〇一一年四月、政府は飯舘村を計画的避難区域に指定し、「おおむね一ヶ月をめどに避難するように」と指示を出した。それにもかかわらず、一ヶ月を超えて村に残った場合の被曝は、住民自らの責任である、と。しかし、東京電力は事故企業=公害原因企業である以上、こんなことを堂々と主張できる立場にあるとは到底思えません。放射能汚染をまき散らした挙句に、避難しなかったのは自己責任だと言っているわけですから。そうしたことも含めて、東京電力には、ADRの調停案に法的拘束力がない以上、踏み倒せる賠償は踏み倒していこう、という意図があるように私には思えました。この点については、飯舘村ADRを担当されている只野靖弁護士に、今後話を伺う予定になっています。

今中 
 ADRの審査をしている側は、東電の調停案拒否について声明などは出しているのですか。

佐藤 
 いえ、私の知る限りでは、出していません。神奈川の原発避難者訴訟の最終準備書面で、原告側がこんな主張をしていました。東京電力は「親身・親切な賠償のための五つのお約束」と、「損害賠償の迅速かつ適切な実施のための方策(三つの誓い)」を、企業努力として表明している。「五つのお約束」は「①迅速な賠償のお支払い、②きめ細やかな賠償のお支払い、③和解仲介案の尊重、④親切な書類手続き、⑤誠実な御要望への対応」、そして「三つの誓い」は「①最後の一人まで賠償貫徹、②迅速かつきめ細やかな賠償の徹底、③和解仲介案の尊重」で、いずれにも「和解仲介案の尊重」という文言が入っています。にもかかわらず、東京電力はADRの調停案を軽視しており、その受け入れを拒絶するケースが後を絶ちません。「「五つの約束」、「三つの誓い」は、公的資金の援助を受けるにあたっての国民に対する「約束」であり「誓い」であったにも拘わらず、税金から合計数兆円(賠償資金だけでも五兆円を超える)という巨額の援助を受けておきながら、その前提として示した「約束」や「誓い」までをも反故にして、原紛センターのADRにおける和解仲介手続を不成立とさせていることは、まさに国民に対する背信行為というべきであるし、犯罪的ともいわなければならない。現在も極めて困難な生活を強いられている被害者の救済を遠ざけるものであり、加害責任を全く省みない非人道的な対応であって、許しがたい暴挙である」。こうした原告側の主張があったぐらいです。もちろん、ADRはこうした東京電力の態度に対して何も言っていない。今年二月のIISORAのシンポジウムでの長谷川健一さん(ADR飯舘村民救済申立団代表)の発言や、只野靖弁護士のレジュメによれば、ADR側は「東電が受諾する可能性が高い和解案を出すというのがADRの仕事であり、東電が受諾しない案を提示しても無駄である」というにべもない対応だということで、東京電力に対してまったく受け身の態度だという印象しかありません。
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