大拙 書評|安藤 礼二(講談社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年1月19日 / 新聞掲載日:2019年1月18日(第3273号)

禅者大拙に連なる思想史の雄大なパノラマ
大きな視野で、平明に描く

大拙
著 者:安藤 礼二
出版社:講談社
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大拙(安藤 礼二)講談社
大拙
安藤 礼二
講談社
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鈴木大拙館は文化施設の多い金沢市内でも人気の高い観光スポットの一つであり、国内外から、特に欧米から多くの来館者が訪れている。大拙と言えば、禅と日本文化を世界に伝えた「世界的な仏教思想家」、「世界の禅者」と呼び習わされてきたが、その世界性や思想の内実について、本書のように大きな視野で、平明に描いた著述はこれまでなかったように思う。

『大拙』を紐解いた人々は、これまでの禅の思想家、日本文化の紹介者という評価をはるかに超えた近代日本を代表する「知の巨人」、近代日本思想史、近代日本美術史の源流、世界宗教思想史の潮流に掉さした大思想家D・T・SUZUKIに出会うことになる。

「近代日本思想史の一つの起源が、確実に、アメリカの鈴木大拙に存在している」と記されているように、著者は、渡米三年後に翻訳した『大乗起信論』と著書『大乗仏教概論』の如来像思想の可能性が、西田幾多郎の「純粋経験」の哲学、折口信夫の[産霊]の民俗学として開花し、井筒俊彦の「意識の形而上学」で完結するというダイナミックな視点で日本近代思想史を再構築しようと試みている。また、民芸を提唱した柳宗悦やアメリカで実験音楽を極めたジョン・ケージを大拙の宗教思想の延長線上で描いてもいる。まるで不意に日本思想史、美術史を俯瞰した雄大なパノラマを見せられた心地がして、いささかの戸惑いを覚えざるを得ない。しかし、大胆すぎるように見えるこの雄大なパノラマが描かれた背後に、十数年に及ぶ著者の大拙に関す未整理の資料の調査、丹念なテキストの世見直しと共同研究がある。さらにこのパノラマは著者の既刊の大著『折口信夫』(二〇一四)や監訳書『言語と呪術(井筒俊彦英文著作翻訳コレクション)』(二〇一八)と通底し、ほぼ同一の視点で描かれている。まさに、評論家・安藤礼二ならではの大胆で、それでいて丹念な批評の実践である。

大拙の思想と生涯は「ナショナルとインターナショナルの相克と相互浸透」だとあるように、釈宗演、西田幾多郎、南方熊楠、柳宗悦、岡倉覚三、西谷啓治などとの交流だけでなく、驚くべきインターナショナルな人的、知的ネットワークの中で形成されてきた。一八九七年二七才で渡米し、一九六六年九五才で亡くなるまで欧米との間を行き来した国際人・大拙の思想を老師、ヴェーダンタ哲学の不二一元論のみならず、ケーラスのモニスムス、ジェームズのプラグマティズム、スエデンボルグと妻ビアトリスの神智学、エックハルトのキリスト教神秘主義、スピノザの汎神論、ライプニッツのモナドロジー、ジョン・ケージの実験音楽などと共鳴、反響させて描くその筆致は、時空を超えて響き合う交響曲の指揮者のタクトにも擬えることができるかもしれない。

通常パノラマでは近景が抽象化され、人々の営みが見えない場合が多い。現在、西田の直筆ノートの翻刻に携わっている評者には、一見すると本書は雄大な景色として映るが、目をこらすとさまざまな粗(あら)が見えてくる。例えば、現在読んでいる西田前期のノートには、大拙から直接的に西田に流れ込んだとされるジェームズの根本経験論だけではなく、本書には名前のないW・ブント、T・リップス、J・M・ギュイヨーなど、独仏の心理学者などが頻繁に登場する。そうした西田の思索の「悪戦苦闘のドキュメント」に直接に接していると、本書の西田の前期思想の捉え方は明らかに短絡に見えてくる。また「最初期から最晩年に至るまで、大拙の思想は完全に一貫している」という言葉遣いは明瞭であるが、反面、そこからは思索に生きた大拙の息遣いが聞こえないようにも思う。とは言え、批評として描かれた本書のパノラマは、塗り込むにしても描き直すにしても、大拙と近代思想に関心をもつ読者にとって決して等閑視することができない秀逸なデッサンであることだけは疑い得ない。
この記事の中でご紹介した本
大拙/講談社
大拙
著 者:安藤 礼二
出版社:講談社
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