ロールズを読む 書評|井上 彰(ナカニシヤ出版 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年1月19日 / 新聞掲載日:2019年1月18日(第3273号)

ロールズを読む 書評
待ち望まれていた研究論文集
進化するロールズ研究の中で、長く読み継がれる一書に

ロールズを読む
著 者:井上 彰
出版社:ナカニシヤ出版
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本書は井上彰氏の編著による、主として社会科学の諸分野を専門とする著者たちの寄稿からなるジョン・ロールズ哲学に関する研究論文集である。待ち望まれていた本書が公刊されたことは大変喜ばしい限りである。

現在のロールズ研究には主として三つの方向性があり、①ハーバード大学のロールズ・アーカイヴに所蔵されている遺稿・蔵書を基にしたロールズの思想形成史についての考察、②ロールズ哲学の公共政策への応用・実践化の追究、③ロールズの哲学・倫理学方法論の分析ならびに展開、に分類される。本書はこうした現在のロールズ研究と軌を一にするものとなっており、たとえば、小泉論文(第六章)、佐藤論文(第十章)は①、木山論文(第四章)、額賀論文(第十一章)、角崎論文(第十二章)、井上論文(第十三章)は②、盛山論文(第一章)、松元論文(第二章)、宮本論文(第三章)、若松論文(第五章)、田中論文(第七章)、齋藤論文(第八章)、加藤論文(第九章)は③と類別することが可能である。各論文に関しては「序」において編者による詳細な解説があるため、本書評では各論文に対する社会哲学・倫理学を専門とする評者の立場からコメントを述べたいと思う。

第一章の盛山論文は規範理論の客観性を問題にしているが、そもそも客観性とはどのような価値であり、経験科学の客観性は規範理論にあっても模範とすべき規準であると何故いえるのだろうか(科学的探求における成功は政治的諸問題の解決ももたらすのか)。また政治哲学上の問題においてはどのような客観性の規準が示されるならば、我々は合意に至ることができるのだろうか。

客観的知識の探求におけるロールズの倫理学方法論と科学との構造的な類似性を第二章の松元論文は指摘しているが、松元氏であるならば盛山氏が提起した問題に対してどのように答えるだろうか。また倫理学・政治哲学における反照的均衡という方法論は今度どのような発展を目指すべきと松元氏は考えているのだろうか(科学との類似性だけでその妥当性は保証されるのか、独自性は?)。

第三章の宮本論文は、秩序だった社会の安定性に関する論証の観点からロールズの「転回」問題を論じ、『政治的リベラリズム』でもなお残る安定性論証の問題点を指摘している(複数のリベラルな政治的構想が併存することを認める社会において、社会の安定性は如何にもたらされるのか)。宮本氏はこの問題に対する三つの取りうる態度(特定の正義の政治的構想に収斂する・収斂しない・『正義論』での論証に戻る)を示しているが、宮本氏自身はどの立場を支持しているのだろうか(それとも正義にかなった社会の安定性を問題としない、という第四の立場なのか)。

国家の正統性の観点から人権の機能とその保障(人権の政治的構想)を論じているロールズに対して、第四章の木山論文は批判的な見解を示し、非主権国家的なアクター(NGOや国際組織)の人権保障における役割を重視する「人権の人間性構想」の優位性を提起しているが、国家の正統性における人権以外の土台と国際平和における国家の役割とはどのようなものであるべきと木山氏は考えているのだろうか。

第五章の若松論文は、人々がどのような目的や利害を持つようになるのかに対して深い影響を与える点で、人生計画の選択問題と正義原理の選択問題との類似性を指摘している啓発的な論攷である。この二つの選択問題をリンクさせるために「私の内部で多様な人格が存在する」と若松氏は想定しているが、この人格の複数性は経時的なものか、それとも共時的ものであるのか。この説明が不十分であるため、類似性論証が不十分なものとなっていないだろうか。

第六章の小泉論文はロールズの自尊概念を非分析的な視点から考察している点においてユニークであった。分析哲学と大陸哲学とを架橋する論攷となっている。

ハート、ロールズ、ドォオーキンの間での相互の影響関係について論じている第七章の田中論文は、政治的リベラリズムの正当化における包括的リベラリズムとの連関性を、自然法論と(ハード・ソフト)法実証主義に対応させて説明している。本論では現状までの分析に終始しているが、法哲学・政治哲学・道徳哲学(倫理学)の連携のこれからの在り方について田中氏に展望を示して欲しかった。

第八章の齋藤論文も安定性問題を考察しているが、ロールズのテキストを踏まえた上で、社会経済格差の拡大による社会の分断化、価値の多元状態化が更に進んだ現代における「重なり合うコンセンサス」の困難さを指摘している。しかしながら安定性の問題は熟議デモクラシーの土台となる財産所有の民主制とセットで論じるべきではないだろうか。

政治哲学と規範経済学との連携の在り方を示唆している第九章の加藤論文は、大変興味深い。理念を打ち出す政治哲学とその理念を社会的選択理論によって分析するという方法論は、理想理論と非理想理論のコラボレーションの一例となりうるのではないだろうか。

第十章の佐藤論文はロールズの思想形成におけるフランク・ナイトの影響、および両者の思想の共通性と差異について考察している。ロールズがナイトのデザート論批判と社会問題の解決における「討議」の重要性に注目していたことは特筆に値する。ロールズ・アーカイヴ(遺稿・蔵書)を活用した研究から得られる知見は多い。日本のロールズ研究者も今後積極的に活用すべきであろう。

第十一章の額賀論文はロールズの方法論研究と生命倫理学との繋がり(ロールズ方法論の受容)を分析し、とりわけ反照的均衡とロールズが博士論文で扱った「道理人の合理的な解明」との連続性を強調している。しかしながらロールズの方法論にあっては、ロールズ自身の述べているように、道理人それ自体ではなく、反照的均衡の土台となる「合理的判断(熟考された判断)の解明」にポイントが置かれているのであり、道理人の想定はこの解明の一手段に過ぎないのではないだろうか。

第十二章の角崎論文は、ロールズの社会正義の理論が社会福祉の諸実践や社会福祉学にいかなる貢献をなしうるかについて検討している。この考察でポイントとなるのは、様々な脆弱性を抱えた人々を包摂する理論であるのか否かである。角崎氏は経済活動へ参加することができない深刻な障害を持つ者も社会の協働的な市民として包摂するような、より包括的な財産所有の民主制体制を提案している。しかしながら「社会的協働」として労働のみを想定しているとするロールズの解釈には疑問がある。正義にかなった社会の諸制度を他の市民と共に実現・維持してゆくという活動も社会的な協働であるからである。

ロールズの正義論が企業の社会的責任(CSR)の構想に貢献しうる議論であること論じている第十三章の井上論文は、企業は教会や大学のような「自発的結社」ではなく、企業システムは正義原理の直接的な適用対象となる社会の基礎構造の中に組み込まれる社会制度の一つとして扱うべきものであり、ゆえに企業にはその構成員のミニマムな保障を健康保険や年金制度を通じて実現することが求められると提起している。しかしながら井上氏は更に、ロールズの正義論に基づくCSR構想に照らせば、企業の途上国での人道支援も期待されると述べているが、企業外部の人々(非構成員)のニーズに対する企業の責任をロールズの観点から説明するには、更なる論証が必要になると思われる。

字数の関係上、言葉足らずで極めて雑駁なコメントとなってしまったことは筆者の方々にお詫びしたい。筆者たちに対するコメントはそのまま、今後の評者のロールズ研究の課題でもある。日本においてもロールズ研究は各研究分野における深化と各分野間の協働が一層進展すると思われるが、本書はその先陣を切ったものとして長く読み継がれる一書となるであろう。
この記事の中でご紹介した本
ロールズを読む /ナカニシヤ出版
ロールズを読む
著 者:井上 彰
出版社:ナカニシヤ出版
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