大いなる歌 書評|パブロ・ネルーダ(現代企画室e託 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年1月19日 / 新聞掲載日:2019年1月18日(第3273号)

大いなる歌 書評
アメリカ大陸の神髄に閃き
円熟期の重厚な代表作

大いなる歌
著 者:パブロ・ネルーダ
出版社:現代企画室e託
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 「チリよ、お前が黙っているときが好きだ。ここにいないみたいだからだ。チリよ、お前が眠っているときが好きだ。遠くにいるみたいだからだ。チリよ、お前が遠くにいるときが好きだ。我が心の中にいるからだ」

チリのノーベル文学賞詩人パブロ・ネルーダ(1904~73)は大学生だった1924年、詩集『二十の愛の詩と一つの絶望の歌』を刊行した。その「愛の詩十五番」の触りの部分を、ネルーダ自身が短い「替え詩」にしたものだ。ネルーダは同じ部分を好んでさまざまな替え詩にし、朗読していた。「チリ」を恋人の名前に替えれば最高だろう。私(伊高)は、サルバドール・アジェンデ大統領の人民連合社会主義政権期(1970~73)にチリ情勢を取材していたとき、冒頭の替え詩の朗読をラジオ放送で聴いたのだ。

この詩集で「愛の詩人」として名声を確立したネルーダは学業を終え外務省嘱託となり、ラングーン(現ヤンゴン)を皮切りに領事として世界各地を旅行する。大学でフランス語を学んだネルーダには、ラテンアメリカの知識人の例にもれず欧州偏重主義があった。そんな詩人が到達した円熟期を代表する重厚な詩集が本書である。1950年にメキシコ市で出版された初版は、メキシコの社会派壁画家ダビー・A・シケイロスとディエゴ・リベラの挿絵の入った豪華版だ。両画伯はネルーダがメキシコ市駐在チリ総領事を務めた1940~43年に親交を結んでおり、友情を発揮したのだ。

ネルーダはメキシコからの帰国途上、ペルー・アンデス山系の標高2280メートルの山頂にあるマチュピチュ遺跡に登り、自分の根っ子である南米の偉大さや神秘性を感知し、南北両米とカリブ海を包含する「アメリカ大陸主義」に開眼。アメリカ大陸世界の神髄に触れる閃きをインカ遺跡で得た詩人は、本書の中心をなす作品「マチュピチュの高み」を物にした。山頂の遺跡に散在する栄光の廃墟の間で詩作を続けるための信仰告白に至ったと、回想録『わが生涯の告白』(三笠書房)で述懐している。ネルーダの作風は定まった。ここに至るまでに詩人が経験した最大の転機はスペイン内戦だった。

1935年にマドリード駐在領事となり、翌36年7月、内戦に遭遇。翌8月、盟友の詩人フェデリコ・ガルシア=ロルカがフランコ反乱勢力に惨殺された。怒り悲しむネルーダは、ヒトラーとムッソリーニに支援されたフランコ・ファシズムを目の当たりにし、反ファシズムを鋭い隠喩で訴える政治性の強い詩集『心の中のスペイン』を世に出した。

第2次世界大戦の前哨戦となったスペイン内戦という世界史的事件を経験し、本書で作風も確立して、人間として詩人としてバックボーンを得た40代初めのネルーダはチリ共産党に入党、上院議員に当選する。支持してくれた鉱山労働者の置かれた苦境を暴く詩も本書に欠かせない作品だ。詩人の名声は世界中に鳴り響き、どの詩集もよく売れた。

ネルーダは1970年の大統領選挙時に共産党候補に指名されるが出馬せず、社会党のアジェンデ候補を支持。この「社共人民戦線」が社会主義政権を実現させた。アジェンデから駐仏大使に任命され71年、パリに赴いたネルーダはノーベル賞に輝く。

「自由選挙で生まれた初の社会主義政権」として称讃されたアジェンデ政権は、ソ連軍によるチェコスロヴァキア侵略(68年8月)を受けソ連共産党と袂を分かっていた仏伊西3国共産党を触発、「欧州共産主義路線」構築に導いた。

だが政権は73年9月11日、米政権と連繋したアウグスト・ピノチェー陸軍司令官率いる軍部の決起で倒され、アジェンデは同日、自動小銃で軍部に抵抗した後に自殺、「殉教者」となる。大使を辞め帰国していたネルーダは大統領の死の12日後、軍部に連行され入院させられていた病院で急死。近年の調査では、毒殺された公算が大きい。

本書は、政治状況へのアンガージュマン(関与)と詩作を両立させた大詩人が円熟期に書いた詩篇をたっぷりと味わわせてくれる。ネルーダの人生と作品にはワインが付物だ。読み耽り朗読するうちにワインが恋しくなった一瞬、読者は詩人になるのである。(松本健二訳)
この記事の中でご紹介した本
大いなる歌/現代企画室e託
大いなる歌
著 者:パブロ・ネルーダ
出版社:現代企画室e託
以下のオンライン書店でご購入できます
「大いなる歌」出版社のホームページはこちら
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