パラノイドの帝国 アメリカ文学精神史講義 書評|巽 孝之(大修館書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年1月19日 / 新聞掲載日:2019年1月18日(第3273号)

パラノイドの帝国 アメリカ文学精神史講義 書評
マニエリスムとしてのSFで 反知性主義的な現実を解毒する

パラノイドの帝国 アメリカ文学精神史講義
著 者:巽 孝之
出版社:大修館書店
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国民感情における「恐怖」を煽って外国侵略を正当化し、建国以来の「理性」の原理が麻痺してしまっている――これはアメリカ元副大統領のアル・ゴアが示したジョージ・W・ブッシュ批判として、巽孝之の編著『反知性の帝国』(二〇〇八年)で紹介されている主張なのだが、ゴアが槍玉にあげる小ブッシュの反動性が、ドナルド・トランプ大統領の誕生前後からグローバルな形で復活を遂げた反動感情とも通底するのは、言を俟たない。こうしたバックラッシュへのまっとうなカウンターが、ある「恐怖」へ別種の「恐怖」をぶつける、〝どっちもどっち〟な同毒療法として第三者からは受け止められてしまう現実。そもそもゴアも、あるいはオバマでさえ、政策を鑑みれば無謬とはほど遠いのだが……ことアメリカに限らずにリアルとネットの障壁すら無化する形で世界の現在を覆い尽くす、言説構造をめぐる皮膜としてのパラドックスが、顕現しているのは確かだろう。



複合的な「現実」の袋小路に対し〝解毒剤〟として期待され、復権が進められてきたのが、リチャード・ホフスタッター『アメリカの反知性主義』(一九六三年)であった。先述した『反知性の帝国』と、このたび上梓された『パラノイドの帝国』とは、ホフスタッター再考をベースにした文学史・文化史、ひいては精神史の再地図化リマッピングという点で連続している。だが、ここでホフスタッター/巽が採るのは、高度資本主義下の文化状況を分析する際、さかんに援用された「パラノイア/スキゾフレニー」の二分法ではない。情動を原理とする「反知性主義」としての「パラノイア」、それそのものの内実へと踏み込み、そこから「パラノイド」という心性を腑分けするという方法を選ぶのだ。



パラノイアの作家として巽が挙げるのはフィリップ・K・ディック、対するパラノイドの代表例として言及されるのはトマス・ピンチョン。両者とも、被害妄想と誇大妄想、つまり発火源としての「敵意」と体系化をもたらす「陰謀論」とが、感性的なベースを形成している。しかしながら、パラノイアが「個」に結びついた幻視力を核とするのに比して、パラノイドでは、自覚的に選択された「世界観」が重要だ。加えて、パラノイドは「スタイル」、文体やナラティヴの問題として表現される。つまり、パラノイドの系譜を追い、その現在形を提示することは、美術史や文学史におけるマニエリスムの位相をアップデートさせる作業へと繋がる。このことは、実は高山宏との対談『マニエリスム談義』(二〇一八年)でも指摘されていたのだが、マニエリスムだからこそ、自己言及的でメタフィクショナルな体裁が「自然」に要請されるということになる。



ゆえに本書では、レイ・ブラッドベリ「キリマンジャロ・マシーン」(一九六五年)、ブライアン・W・オールディス「リトル・ボーイ再び」(一九六八年)、サミュエル・R・ディレイニー『ダールグレン』(脱稿一九七四年)といったSF作品が、“周縁ではない”ものとして論じられる。作家の個人史や文学史・文化史への目配りのみならず、『盗まれた廃墟』(二〇一六年)で描かれた「換喩的衝動メトニミック・アージによる原因と結果の逆転、記号表現シニフィアン記号内容シニフィエの因果律逆転」とも言うべき「ポール・ド・マンの孫弟子」ならではのアクロバティックな論理も随所で展開され、さらには山本弘のように思弁的なSFを否定する作家までもが、その理論体系のうちに取り込まれる。かと思えば、SF同人誌「科学魔界」を立ち上げた中学時代にまで遡る読書体験が回想され、熱い思い入れを読者へと伝播させる。



周到なのは、これらの多様な議論が、マーク・トウェインやD・H・ロレンスといった「正典カノン」をサイバネティックスやポストヒューマニズムの理論で再解釈する『モダニズムの惑星』(二〇一三年)という足場と実質的に並行する形で、なされていることだ。その過程においては、グローバリズムの暴力を相対化せんとするガヤトリ・C・スピヴァクの「惑星思考プラネタリティ」概念は深化され、のみならず、巽自身が初の英文単著『フルメタル・アパッチ(Full Metal Apache)』(二〇〇六年)で考究した「創造的被虐性=被虐的想像力クリエイティヴ・マゾヒズム」の応用すらも試されている。すべては反知性主義的な現実を生き延びるため、というわけだ。(おかわだ・あきら=文芸評論家、ゲームデザイナー、東海大学非常勤講師)


この記事の中でご紹介した本
パラノイドの帝国 アメリカ文学精神史講義/大修館書店
パラノイドの帝国 アメリカ文学精神史講義
著 者:巽 孝之
出版社:大修館書店
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