その後の福島 原発事故後を生きる人々 書評|吉田 千亜(人文書院 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年1月19日 / 新聞掲載日:2019年1月18日(第3273号)

その後の福島 原発事故後を生きる人々 書評
無理解、無関心そして 自己責任という磔

その後の福島 原発事故後を生きる人々
著 者:吉田 千亜
出版社:人文書院
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原発事故から六年が過ぎた二〇一七年四月、事故を起こした福島第一原発周辺の避難指示が大幅に解除された。それから一年、多くの人が批難前の居住地に戻れないままに、それぞれの避難先で過ごしている。
二〇一八年一一月十九日、日産会長のカルロス・ゴーン氏が逮捕された。「原子力損害賠償法改正案」(原損賠法)が衆議院文部科学委員会で可決されたのは二十一日のことだ。二十日以降、新聞各紙の誌面はゴーン逮捕の報道で埋め尽くされている。さらに議論の多い入管法改正案では、資料の改ざんが発見されたにもかかわらず二十八日の夜には衆議院本会議で可決され参議院へ送られた。水道事業民営化を含む水道法改正案は参議院で議論されている。七十年ぶりの大改正となる漁業法改正案も政府は現在の臨時国会での成立を目指している。重要法案審議が続くというのに、国会運営は粗雑、杜撰の様相を見せる騒然としたなかで原損賠法はほとんど注目されないまま政府原案どおりに成立しようとしている。報道の少なさは驚くほどだ。浪江町の住人が原発事故の慰謝料請求で国と東電を提訴したのは二十七日のことだ。原発事故関連の集団訴訟はいったいこれで何件目になるのだろう。
あったことを忘れさせる。出来事をなかったことのように無視する。つらい出来事を忘れようとするのは、人の心の自然な動きである。が、そのような自然な心の動きを人為的に利用して人々に無関心を広げて行こうとする動きが原発事故では見られる。多くの人々の無関心に働きかけ、関心を持ってもらうための運動には無理解な非難が浴びせかけられる。原発事故の被害者が、そのような社会の空気の中で、それぞれの事情に応じて分断され、小グループに分かれ、人によっては孤立を余儀なくされる。吉田千亜『その後の福島』は原発事故によって人生の営みを変えなければならなかった人々のごく当たり前な声に耳を傾け、それを記す。

低線量の放射線被ばくが長期間に渡って続くという現象は、まだ人類が経験したことがないものだ。いったい何が起こるのか。未経験な事態に対する対応は人によって分かれる。多様な対応を可能にする政策はないのか。議論はそこまで発展しないまま、原発事故は矮小化され、出来事は日常的なアクシデントの一つに数えられて行く。原発事故と放射線被ばくについて語ろうとすれば「放射能」と揶揄が浴びせかけられる。被害を過大に見せて「煽るな」と非難される。人間にとって経験したことを語れないことがどんなに精神を沈滞させるものなのかを、原発事故の避難者の声に耳を傾ける吉田千亜は実感しながら、書き方に迷っている。本を読みながら生の声、ごくふつうの話をする声を表現できるのは「活字」と呼ばれる書籍によってのみ可能なのではないかと思われた。読書という孤独な行為だけが、自分の経験を自分独自の言葉で語ろうとする人の声を聞き取ることができるのではないだろうか。
原発被害を語ろうとすれば「自己責任」という言葉を浴びせかけられる。原発事故の避難者に起きていることは、日本の社会で起きていることになんと似ていることだろう。いや、原発事故が揶揄と誹謗の果てに「自己責任」の一言ですべてをなかったことにしてしまう風潮の発生源なのだと私は思う。
この記事の中でご紹介した本
その後の福島 原発事故後を生きる人々/人文書院
その後の福島 原発事故後を生きる人々
著 者:吉田 千亜
出版社:人文書院
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