対談=川内有緒・角幡唯介 ここを自分を超えてゆくもの  川内有緒著『空をゆく巨人』(集英社)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年1月18日 / 新聞掲載日:2019年1月18日(第3273号)

対談=川内有緒・角幡唯介
ここを自分を超えてゆくもの
川内有緒著『空をゆく巨人』(集英社)刊行を機に

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空をゆく巨人(川内 有緒)集英社
空をゆく巨人
川内 有緒
集英社
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ノンフィクション作家の川内有緒氏が『空をゆく巨人』(集英社)を刊行した。第十六回開高健ノンフィクション賞を受賞した本書は、世界的現代美術家の蔡國強と、いわきの会社経営者志賀忠重の「友情」とアートの物語だ。本書には驚くべき奇跡が散りばめられている、と同時に、ごくごく人間的な関係と営みを描き出した物語でもある。本書の刊行を機に、冒険家・作家の角幡唯介氏との対談をお願いした。角幡氏の旅のテーマである「脱システム」をめぐり、現代の日本社会や、創作、アートの本質まで縦横に語っていただいた。(編集部)
第1回
美術界のスーパースターとすごいおっちゃん


角幡 
 『空をゆく巨人』を読んで、清々しい気分になりました。「「国境を超えた友情」なんてありふれたテーマはノンフィクションとしてどうなのか」と冒頭に書かれていますが、純粋にいい話で、読後感が爽快という本は意外に稀で、それは川内さんの筆の魅力、文体の魅力に起因するのだろうと思います。

そして、登場する二人の人物のキャラクターが、とにかく際立っている。現代美術界のスーパースター・蔡國強さんと、片や志賀忠重さんは、こう言ってはなんですが、無名の田舎のおっちゃんですよね。
川内 
 そうですね(笑)。
角幡 
 その田舎のおっちゃんの朴訥で破天荒な半生と、無名のアーティストがアート界の巨匠になっていく過程。そして世間からの見られ方が変わっても全く変わらない、二人の関係から生まれる物語が痛快でした。

このところ僕は、人と人や、人と土地といった、関わり合いに興味があります。それは自分が結婚して子どもができたという環境の変化が影響していると思いますが、身体的に何かと関わっていくことで、思ってもみないところへ人生が転がっていったんです。

蔡さんが来日したのも、いわきを訪れたのも全くの偶然だったわけですよね。それが気づけば、志賀さんを中心とした「いわきチーム」がなければつくられなかったし、展示できない作品があるぐらい、深い関係になっていた。《いわきからの贈り物》でしたか。
川内 
 はい、木造の廃船を用いた作品ですね。
角幡 
 あの作品は、蔡さんの作品の中で、どのような位置づけですか。
川内 
 人気の高い作品です。蔡さんは非常に多作で、野外で行う爆発系のインスタレーションもあれば、九九匹の狼が透明のガラスにぶち当たる《壁撞き》などの作品、火薬画もあれば映像作品や、ベネツィア・ビエンナーレでグランプリを受賞した《ベネツィアの収祖院》のような、文化大革命時代の中国を再現するパフォーマンス作品など、幅があります。その中で、《リフレクション―いわきからの贈り物》は、蔡さんが有名になった二〇〇〇年代の、代表作の一つと言えます。当時、三五万人を動員したグッゲンハイム美術館の回顧展をはじめに、世界七カ国の美術館にこの作品が旅し、延べ一三〇万人以上に鑑賞されました。
角幡 
 蔡さんが《いわきからの贈り物》を展示するたびに、「いわきチーム」と呼ばれるいわきの人びとが、世界の美術館へ行き、船を組み立てる。しまいにはハッピを着たおっちゃんたちを含めて蔡さんの「作品」となった。そのことについて、川内さんは印象的なことを書いていましたね。果たして本当に、「いわきチーム」がいなければ、船の復元はできなかったのかと。
川内 
 ある美術関係者が「本当は志賀さんたちがいなくても、美術館の設営チームで組み立てられるのではないか」、いわきの人たちをわざわざ呼ぶのは、蔡さんなりの恩返しかな、と話していたんです。その言葉が、ずっと引っ掛かっていました。「いわきチーム」を呼ぶことに意味があるのかどうか。遠征にはお金がかかるし、「いわきチーム」の方も、自分の仕事を休まなくてはならない。「恩返し」というのはちょっと違うような気がしたんです。書いているうちに見えてきたのは、もしかしたら蔡さんにとっては、いわきチームと関わり続けることに意味があり、船をつくるために一緒にいるのではなく、一緒にいるために船があるのではないかと。いわきの人々と友人として関わり続けることで、蔡さんは原点回帰して、新たに自由な作品を生むことができる。テクニカルに「いわきチーム」の技術が必要だったというよりも、作品づくりの精神として、彼らが来てくれることでがんばれるところがあったのではないかと。

でも最初は、蔡さんにとって志賀さんたちが本当にどの程度重要なのか、分かりませんでした。
角幡 
 彼らと繰り返し会ううちに、川内さんもその輪に引き込まれ、関係性が見えてきたのですか。
川内 
 そうですね。特にそのことを感じたのは、本の最後に出てくる「いわきの庭プロジェクト」に触れたときです。志賀さんたちは年に二度ほど、ニュージャージーの蔡さんの家にいき、「いわきの庭」というものをつくっているんです。それは美術館が持ちかけたものではない、蔡さんといわきチームの全く自発的なプロジェクトです。しかし、それって何だろう、どうしてやるんだろう、と思うんですよね。

蔡さんは美術展などで世界中を飛び回っているので、主のいない城のような家に、志賀さんたちが自由に滞在し、庭をつくり、酒盛りをしているんです。家には美術館にあってもおかしくないような蔡さんの作品が、ごろごろ置かれていて。その現場を見たときに、この信頼関係は普通ではないと。
角幡 
 「いわきの庭」は、仕事ではない作品ということですよね。アマチュアリズムというのか。本物のアートは、誰に命じられるでもなく、お金を生むためのものでもなく、内発的に湧き上がってくるものなんでしょうね。そうした内発的な「アート」が、蔡さんといわきチームの関係の中から生成されている、と。
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この記事の中でご紹介した本
空をゆく巨人/集英社
空をゆく巨人
著 者:川内 有緒
出版社:集英社
以下のオンライン書店でご購入できます
「空をゆく巨人」出版社のホームページはこちら
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