大澤真幸・辻原 登対談 三島由紀夫を取り返すために 『三島由紀夫 ふたつの謎』(集英社)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年1月25日 / 新聞掲載日:2019年1月25日(第3274号)

大澤真幸・辻原 登対談
三島由紀夫を取り返すために
『三島由紀夫 ふたつの謎』(集英社)刊行を機に

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社会学者の大澤真幸氏が三島由紀夫という文学史上最大の謎に挑んだ。このたび大澤氏初の本格的作家論となる『三島由紀夫 ふたつの謎』(集英社新書)が刊行された。三島由紀夫のふたつの謎とは、一つは一九七〇年十一月二五日の三島由紀夫の最期。もう一つは三島最後の長編『豊饒の海』の不可解なラストである。本書は大澤氏にとって最も重要な日本の作家である三島由紀夫の本格的な作家論であり、三島の全作品と向き合い徹底的に読み込んだ文学批評・文学論である。本書の刊行を機に、著者の大澤真幸氏と作家・辻原登氏との対談を企画した。      (編集部)

第1回
三島を読み直すための「三島論」

大澤 真幸氏
辻原 
 大澤さんは十六歳のときに三島由紀夫の『金閣寺』を読まれたそうですが、僕も中学生の頃に読みました。僕にはドストエフスキーと同じように三島由紀夫にはまった時期があって、後年、そこから抜け出さないとどうにもならないと考えるようになりました。いつ頃からでしょうか、随分長い間、三島由紀夫の文学からは遠ざかっていました。今回、大澤さんの三島論を読んで、そうかこういうことなのかと膝を打つことがたくさんありました。三島本人はここまで考えていただろうかというところまで、大澤さんは三島考察を進めて行くわけですが、しかし、これはすごく大事なことで、三島由紀夫が大澤さんの本でもう一度新たに読み直される大きなきっかけになると思うし、読み直される必要があります。僕の友人に『ドストエフスキー』(講談社)を書いた山城むつみという批評家がいて、彼がああいうふうに読むとドストエフスキーは新しいレベルに入っていくという感じを深く持ちました。そこでこの五、六年、ドストエフスキーを読み直したりして、僕も『辻原登の「カラマーゾフ」新論』(光文社)なんて本を出したのですが。でも、ドストエフスキーは『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』じゃなくて、僕は『白痴』ですね。これは余談です。今回大澤さんの本を読んで山城さんのドストエフスキー論を読んだときの衝撃と似たような感想を抱きました。

僕は以前、「新潮」にエッセイを書くために何十年かぶりで『金閣寺』を読んだ時、この観念操作では金閣寺は燃えないという気がしたんです。予定調和的に、すべてが、心理描写も観念操作も自然描写も、まるで芝居の書割りのように嵌め込まれ、それらがおびただしい直喩で連結されて、機械仕掛けのように展開するこの観念小説を、少年だった僕は興奮して、むさぼるように読んだことを覚えているのですが、しかし現実に火を放った青年は、小説の〈私〉のように考えたはずがない。はずはないが、小説の中の金閣は、〈私〉の思考・観念によってのみ焼かれる。四十三年ぶりに再読しつつ、僕は何度もため息をついた。何しろ僕の頭が三島由紀夫の観念操作になかなか納得せず、金閣は燃え上がらないのである。これはまさに少年期固有の、肉体と精神の葛藤のさ中で読まれるべき作品で、一回きりの青春の読書にふさわしい名作である、といったふうに考えたのですが。

しかし大澤さんが本書で書かれている金閣寺に火を放つこととイデアとの関係、これは大澤さんが触れているスラヴォイ・ジジェクのヒッチコック論などよりも犀利だという気がしました。ジジェクの論理にも感心するところはありますが、大澤さんの三島論というのは、三島に対して愛憎半ばする想いを抱く思想家が、全身全霊をあげている熱というか圧が伝わってきます。これなら金閣は燃えるかもしれない、というくらいの迫力がありました。三島に憑依して、大澤さんが火を放った、と。
大澤 
 今誇張して言っていただいたと思うのですが、辻原さんに創造的に読んでいただけたようで嬉しいことです。また山城さんのドストエフスキー論のような名著と較べていただけて光栄に思います。僕がことに重視した『金閣寺』はとても観念的な小説で、ある意味みんな若い頃には通過する作品です。いろんな通過の仕方がある。辻原さんが以前書かれた『金閣寺』の書評も読ませていただきました。この書評に辻原さんの通過の仕方がよく出ていて、辻原さんご自身も小説の実作者であることも思いあわせて、辻原さんの通過の仕方もとてもよく分かる気がしました。今回の本では僕の場合はまだ思春期ぐらいのときに戻って若いときの気持ちのままで書こう、と思ったのです。もちろん、思想としてはあの頃よりずいぶん成長したつもりですが、気持ちだけは思春期に保ち、三島を考え直すみたいなことをやってみようという感じがあったんです。

辻原さんにおっしゃっていただいたように三島が考えていたことをただ復元したいわけではない。復元も重要かもしれませんが、三島が考えてもいなかったけれど考えたことになるような無意識の仕事、そこまで発掘しようとしているわけです。つまり三島自身も自分の中で本当には言葉になっていないことを考えてみたかった。例えば僕の仮説でいけば三島が『豊饒の海』の結末を書いているときも、必ずしも意識的に論理に従って書いているわけではなくて、自分の無意識の衝動に駆られている。その結果、ああなってしまったのではないか。そのときにどういうことが起きていたかということを僕らが引き受けるときには、三島の言葉になかったことを言葉にする作業が必要になる。
いずれにせよ、三島を通過することは、この国で文章を書く人にとっても、また戦後思想・近代思想にとっても必要なことという感じがしていて、そういう社会的な使命感もありました。三島は一九七〇年にああいうかたちで亡くなって、そのとき僕はまだ小学生でしたが、あのくらいの大事件だと出来事の持っているインパクトというのが、そのくらいの年齢の子どもにも伝わってくるんです。しかし、出来事から五〇年も経ってしまうと僕らはだんだんそのことを合理化し、一つの物語的な解釈におさめてしまうわけで、その出来事の本当の驚きみたいなものが消えてしまう。でもその出来事を体験したものであればその余韻は記憶に留めています。しかも、僕らの世代の場合、ちょうど親が三島くらいの世代で、親世代にとって同世代の三島がこういうことになったインパクト、そのことで衝撃を受けているのが伝わってくるわけです。今の私の世代くらいで三島のことを正面から書いておかないと、あの出来事のインパクトを永遠に復元できなくなってしまうだろう。そういう気持ちもあったんです。

「まえがき」にも書きましたが、三島はああいうかたちで終わってしまっているので非常に書き難い。今だと結局三島って憲法改正論者だったのかみたいな話に収束されてしまう。最後の方は確かにそういうことを言っていたのですけれども、どう考えても三島の文学的活動の全てが憲法改正のためにあったとは思えない。実際、三島が憲法改正についてしきりに言うようになったのは、最後の一年だけで、それまでは憲法改正にほとんど関心を示していない。憲法改正のために馬鹿なことをやった人というところに落としてしまうと、われわれが三島を読んだときに与えられるインパクトや日本文化に残したインパクトというのが矮小化されてしまう。そういうところから三島を救い出したい。どちらかというと僕自身も自分より後の世代に対するメッセージとして、三島を正当に受け取れるようにしておきたい、そういう感じだったんです。ちょっと青い感じもしたのですが、わざとそうすることも必要かなと思いました。
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この記事の中でご紹介した本
三島由紀夫 ふたつの謎/集英社
三島由紀夫 ふたつの謎
著 者:大澤 真幸
出版社:集英社
以下のオンライン書店でご購入できます
「三島由紀夫 ふたつの謎」出版社のホームページはこちら
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