文化の枢軸 戦前日本の文化外交とナチ・ドイツ 書評|清水 雅大(九州大学出版会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年1月26日 / 新聞掲載日:2019年1月25日(第3274号)

文化の枢軸 戦前日本の文化外交とナチ・ドイツ 書評
本質的な次元にまで掘り下げる
「日独文化協定」の成立・執行過程を丹念にたどる

文化の枢軸 戦前日本の文化外交とナチ・ドイツ
著 者:清水 雅大
出版社:九州大学出版会
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「文化」の力を知る為政者は、しばしばそれを利用しようとする。平和な時代にあっては自国の優越性を正当化する道具として、有事にあっては、これによって国内外において「敵」を創造し、その排除と打倒のために利用する。その政治的な利用は、文化が一見中立であるかのように見えるだけにいっそう有効になる。しかしながら、「文化」は常に政治に従順に従うとは限らない。時に「政治」は思い通り「文化」をコントロールできないばかりか、逆に摩擦を生みだし、「政治」の目的を破壊することすらある。著者は、こうした両者の関係を、「政治外交」と「文化交流」といった形で展開された戦前の「日独文化協定」の中に見る。

本書でいう「文化協定」とは、第一次世界大戦後主に欧州を中心に広がりを見せた、学術・教育交流などの学事協定、さらに芸術分野・映画や写真・ラジオ放送・青少年の交流など広範な文化的事項を国家間で規定した包括的な協定のことを指している。この「文化協定」の主体は、あくまでも国家であり、その限りにおいて、国家の目的から免れて存在することはできない。それ故、その時の国際情勢にも大きく左右されることになる。

「日独文化協定」が締結されたのは、一九三八年一一月。この時期は、一九三六年一一月の「日独防共協定」と、一九四〇年九月の「日独伊三国同盟」という日独二つの条約の間に位置する。前者は、満州事変に始り、満州国建国、国際連盟脱退と続く一連の出来事、そしてその後の国際社会からの孤立化回避の外交政策の模索という文脈の中で締結された。後者は、周知の通り日米・日英開戦に決定的な意味を持つことになった条約である。こうした流れから推論して、この二つの間に締結された「文化協定」の目指すところは、単に文化交流による両国の友好関係の構築などというものではなく、国内に対しては、外交・軍事目的を完遂させるため国民間の空気を醸成させること、国外に対しては、「非文化的」「野蛮」「暴力的」な国家(29頁)という日本に貼られたイメージ、とりわけ南京大虐殺後のイメージの払拭と考えられてきた。いってみれば「防共政策」(あるいは「反英政策」)を背景にした「文化戦」「思想戦」(16頁)の一つと見なされてきたのである。

しかし、本書は、単なる文化の政治利用の話にとどまっているわけではない。著者は、この協定の成立過程・執行過程を外務省記録を使って丹念にたどることによって、この協定は確かに政治色の濃いものであるが、必ずしも当事者達の思い通りにいったわけではなかったという事実に至る。すなわち、この間の日独関係の全体的な推移の中で、「文化」が外交政策の手段として政治に忠実に従ってきたわけではなく、その中で問題が生じ、常に変更せざるをえなかったというのである。たとえば、協定の実施機関で、協議・調整機関として設置された「連絡協議会」において、ナチス・ドイツの価値観と日本側の方向性の間に齟齬が生じた。国際文化交流における基調理念としての「相互主義」の論理によって、ナチス側の人種主義と、パリ講和会議で提示したような日本側の「反人種主義」との間で妥協しえない対立が生まれ、協定が「ネガティヴに作用した」(164頁)のである。両国が対等な立場にあって文化交流を実施しようとしたときに、「政治」と「文化」の従属関係が逆転する形で、政治的な繋がりを「文化」が切断し、思いもよらない方向へと「政治」を導くことになった。著者は、そこに「文化協定」の限界があったことを見てとったのである。

この時代の日独関係に関する著作は、外交・軍事の分野はもとより、文化・文化交流についても今日かなり研究が進んできているといえる。だが、著者の言うように「両者の相互連関性」についての議論はまだ十分ではない。著者は、本書でこの問題を、単に事実のレベルにとどまらず、本質的な次元にまで掘り下げた議論を展開している。こうした点は他の研究書には見られない点である。専門的で学術的な「固い本」ではあるが、「日独文化協定」のいきさつと共に、歴史的背景をもまとめており、この時代にさほど精通していない読者にも興味がもてるように配慮されている。是非一読をお勧めしたい。
この記事の中でご紹介した本
文化の枢軸  戦前日本の文化外交とナチ・ドイツ/九州大学出版会
文化の枢軸 戦前日本の文化外交とナチ・ドイツ
著 者:清水 雅大
出版社:九州大学出版会
以下のオンライン書店でご購入できます
「文化の枢軸 戦前日本の文化外交とナチ・ドイツ」出版社のホームページはこちら
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