山田富士郎『商品とゆめ』(2017) 角栄像われらにむかひ手をあげるさびしい駅だ夏の浦佐は |書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね
更新日:2019年1月29日 / 新聞掲載日:2019年1月25日(第3274号)

角栄像われらにむかひ手をあげるさびしい駅だ夏の浦佐は
山田富士郎『商品とゆめ』(2017)

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浦佐駅は新潟県南魚沼市にあるJR東日本の駅。上越新幹線の停車駅であるが、その中でも最も乗降客数が少ない駅である。駅前には新潟県が生んだ内閣総理大臣・田中角栄の銅像がある。田中角栄の選挙区内ではあったものの、出身地ではない。決して地域の中心駅とはいえない浦佐駅に新幹線が停車するようになったのは、田中角栄の政治的意図という噂が地元には根強くあるようだ。新潟県出身である作者も、その噂をどこかで耳にして育ってきたのだろう。

良くも悪くも高度経済成長期の日本の象徴である田中角栄という固有名詞によって、多くのことを語ろうとしている歌だ。浦佐駅という駅名をフィーチャーすることで、そこには描かれていない新幹線をめぐるストーリーラインを引き出している。その複雑なストーリーラインを受け止めるには、「さびしい駅だ」くらいのあいまいでとらえどころのない形容くらいでちょうどよかったのかもしれない。

なおこの歌が作られたのは二〇〇三年十一月から二〇〇四年七月にかけての間。その直後の二〇〇四年十一月、この浦佐駅の角栄像に対する田中真紀子衆議院議員の発言をきっかけとして、地元の支持者で構成された管理団体とのいさかいが起こり、管理団体が解散する事態に発展した。作者もこんなに浦佐駅が有名になるとは夢にも思っていなかっただろう。角栄像がまとっていた本質的な「さびしさ」を、地元住民の一人として見抜いていたというべきだろうか。(やまだ・わたる=歌人)
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