ヒトはなぜうつ病になるのか 世界的発生生物学者のうつ病体験 書評|ルイス ウォルパート(ミネルヴァ書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年1月26日 / 新聞掲載日:2019年1月25日(第3274号)

ヒトはなぜうつ病になるのか 世界的発生生物学者のうつ病体験 書評
悲しみを解剖する試み
病の理解を深め、それに打ち勝とうとした記録

ヒトはなぜうつ病になるのか 世界的発生生物学者のうつ病体験
著 者:ルイス ウォルパート
翻訳者:白上 純一
出版社:ミネルヴァ書房
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「悲しみ」という感情は、石のような物質であると、私は考えている。その「石」が、耐え難いほど重くなってしまったと感じる時に、人は「うつ病」になるのかもしれない。

本書の著者は、この本で、自らのうつ病体験を書いて公表したのだが、一般的には不名誉に感じ、躊躇うであろうその行動を起こしたのは、本業で十分な実績を積んでいるという自信を持っているからだろう。著者は、世界的に著名な発生生物学者である。

彼は、悲しみを物質的なものとして感じているようで、「悪性の腫瘍」にも似た、「悪性の悲しみ」がうつ病であると捉えている。

本書は、悲しみについて様々な視点から見ることを試みた、「悲しみの解剖学」とでも呼べるものであり、自殺を常時考えるほど自らを追い詰めた病について、できるだけ理解を深めることで、それに打ち勝とうとした記録である。

著者は、インドや中国、さらには日本にまで足を運び、そこでは、森田療法に強く興味をそそられたりしている。詩人や小説家たちの、その病に関する記述を集めもしていて、孫引きなのかもしれないが、芥川龍之介の文章を引用している。

うつ病への多種の治療法の有効性には優劣がない、『不思議の国のアリス』に登場する「ドードー評決」みたいなものかもしれないという、身も蓋もない疑念からは逃れられないのだが、著者としては、うつ病とは、「悲しみとマイナス思考が相互に強化し合う悪循環」を持つものであり、その「感情と認知の間の悪性の強化フィードバックのループ」を断ち切るためには、抗うつ薬と認知療法の両方を用いることが役に立つという。

ただしそれを、「たった一人の患者の事例にすぎない」とする著者は、フロイトを源流とする精神分析を、まったく科学的根拠を持たない過去の遺物だと考えているようだが、そういった評価は、時代とともに変遷するものであろう(精神医療の世界が、例えば五年間でいかに変わったり変わらなかったりするかについては、二〇一三年刊行の佐藤光展著『精神医療ダークサイド』と、同じ著者の二〇一八年刊『なぜ、日本の精神医療は暴走するのか』を続けて読んでみると、よい)。

本書はイギリスでよく読まれて、うつ病の当事者やその周りの人たちに強く支持されたようだし、BBCでテレビ版が放映されて好評だったというのだが、果たして、著者は、病を克服できたのか。

この日本語版は、「初版の序」、「再版の序」、「改訂版の序」と、三つの序文を持つのだが、それによると、治った後に再発したりしているようだ。そして、うつ病が繰り返される理由について、「本当のところはわからない」と、著者は正直に「白状」している(精神分析が役に立たないということだけは、確信しているようである)。

著者の代わりにその理由について考えているのが、「訳者あとがき」である。二十頁に満たないのだが、これが実に読み応えがある。序文から引用し、それによって、著者がなぜうつ病の再発を繰り返すのかを分析してみせるのだ。一頁足らずの引用から、見事な考察を繰り広げるのだが、そこでは、著者が認めないフロイトの理論を援用しているのが、楽しい。さらには、先述した「ドードー評決」の謎を、あくまで仮説だが、スッキリと解明してしまうのであった。この「訳者あとがき」は、最後に読むことを勧めたい。

ところで。本書によると、石のような物質としての「悲しみ」は、「重い」だけではなく、「大きい」ものであるらしい。スピノザの著作を齧ってみたことのある私は、それは「小さい」と考えてしまうのだが、これは、私の認識や経験が、不足しているためなのだろう。
この記事の中でご紹介した本
ヒトはなぜうつ病になるのか 世界的発生生物学者のうつ病体験/ミネルヴァ書房
ヒトはなぜうつ病になるのか 世界的発生生物学者のうつ病体験
著 者:ルイス ウォルパート
翻訳者:白上 純一
出版社:ミネルヴァ書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「ヒトはなぜうつ病になるのか 世界的発生生物学者のうつ病体験」出版社のホームページはこちら
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