北欧学 構想と主題 北欧神話研究の視点から 書評|尾崎 和彦(北樹出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年1月26日 / 新聞掲載日:2019年1月25日(第3274号)

北欧学 構想と主題 北欧神話研究の視点から 書評
神話と実存との接点を探る
自立した誠実な個

北欧学 構想と主題 北欧神話研究の視点から
著 者:尾崎 和彦
出版社:北樹出版
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キェルケゴールと北欧神話、著者はこの両者について多くの研究書と翻訳書を刊行してきた。これまで研究の集大成であるこの浩瀚な著作は、北欧神話とキェルケゴールの接点を探ることで、北欧的なるものの特質を描き、「北欧学」という新たな学の確立を意図している。

本書における批判の対象は、キェルケゴールが北欧神話との関わりに無自覚で、それらへの言及もないという通説である。そこではキェルケゴールが残した膨大な作品や日記のなかでは神話についての記述はほとんどないとされ、そもそもキェルケゴールは、現実的な実存の立場を決定的に重視するので、非実在的現実である神話的なものを拒否しているのではないか、とされている。これについて著者は長年の研究の成果にもとづき本書全体で諭すように反論していく。

キェルケゴールと北欧神話の関連性を問うときまず指摘されるのは、キェルケゴールの思想の土着性・風土性である。ノルウェーの詩人であり二〇世紀初頭にキェルケゴールの伝記を書いたモンラーズが「キェルケゴールの人格と思想の源流を古代北欧の神話世界に探ろうとした」ことが紹介される。その特徴は、自分自身の内部に向けられる勇敢さ・誠実さ・自尊心という北欧民族精神こそ、あえて個別的人間であろうとするキェルケゴールの人格そのものであるとされる。スコットランド出身で自らのことを北欧人と感じていたとされるカーライルが、スカンディナヴィアの神話の特質は、可視的・物理的な自然現象の人格化・神聖化であり、それらの諸勢力との「誠実なコミュニケーション」という本質があるとし、ギリシア神話の優美さに比して、「誠実さ」が優越しているとしたことが紹介され、著者はこのような内に向っての勇敢さが、キェルケゴールと北欧神話の共通点であるとする。

さらにキェルケゴールと北欧神話の関連として強調されるのは、外に向っての勇敢さとしての「戦い」である。北欧神話の特徴ともいえる「ラグナロク」(神々の最後の戦い)は、文学や音楽はもちろんのこと近年ではアニメやゲームのインスピレーションの源泉ともなっているが、キェルケゴールは、古代・中世北欧人が放棄しなかった「生きることは戦うこと」という人生観にもとづいて、世界と現存在そのものへの戦いを行ったとされる。その思想的・社会的な格闘の相手は、ヘーゲル主義であり、キリスト教会であり、風刺新聞であり、世論であった。それはまさに単独者としての共同性との対決であった。さらに著者はその議論の延長線として、北欧ロマン主義について論じている。

ここまで来ると、著者が追い求めてきた主題であるキェルケゴールと北欧神話との接点が、われわれにとってきわめて普遍性のある問いであることがわかる。つまり両者とも、キリスト教的理性、すなわち教会とその体系的教義に象徴される倫理と知識のあり方における権力性、そして傲岸不遜に自己を正当化する科学的客観性に反旗を翻し、主体を取り戻そうとしているのである。歴史的、地理的要因によりキリスト教化が遅れた北欧では、キリスト教的権力から「誠実に」はみ出して戦う個性の場が必要とされたのである。

客観性が行き過ぎ、客観性で行き詰まると、時代は主体性へと揺り戻る。近年日本でも主体性の重要性が表層的に叫ばれるが、それを適切に位置づける哲学はない。このようななかで福祉国家、平和と人権、エコロジー、優れたデザインなどを発信し続ける北欧の発想の魅力の秘密は何かという問いかけは普遍的である。北欧神話と、主体性の極みであり「今」を熟視する実存主義との関係を探るなかで、国家権力と融合した教会を批判したため世論からも孤立したキェルケゴールの勇敢で誠実な自己主張のなかに、どんな犠牲も正当化することのない「北欧的ヒューマニズム」の源泉を著者は見出した。本書はまさにこの現代に必要とされる豊穣な北欧文化の源泉への誘いの書となっている。
この記事の中でご紹介した本
北欧学 構想と主題 北欧神話研究の視点から/北樹出版
北欧学 構想と主題 北欧神話研究の視点から
著 者:尾崎 和彦
出版社:北樹出版
以下のオンライン書店でご購入できます
「北欧学 構想と主題 北欧神話研究の視点から」出版社のホームページはこちら
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